おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

最後の呼吸は吸い込んで

「とても穏やかな旅立ちでした」ご家族から最後の様子が語られます。亡くなる一週間前から食べ物を一切取らなくなったそうです。三日前からはお水も飲まなくなりました。かかり付け医は点滴を勧めましたが、医療経験のある家族は断りました。半日前から口を開けて呼吸をする下顎呼吸の状態が始まりました。喘いでいる姿に周りは口々に呼びます。「お爺ちゃん解かりますか」「しっかりして」「頑張って」その時、横で見ていたお婆ちゃんが故人の手をそっと握り優しい声で言いました。「もういいよ、頑張らなくていいよ」深く吸い込んだ息は、二度と吐き出されませんでした。人の最期の呼吸は「大きく息を引き込んで」終わるのです。


老人病棟の看護師さんや看取り専門の介護施設スタッフさんからも、このお話しはよく聞きます。「死が近づくと呼吸の間隔はだんだん長くなります。そして最後の一息は大きく吸ってそのままになります。吸った息がいつまでも吐き出されないと臨終です。死に行く身体は最期まで生かそうとして吸い込む努力をするのです」


「死ぬ」の丁寧語は「亡くなる」「死去する」などです。その他にも「他界する」「永眠する」という表現もあります。最期の様子を表す言葉に「息を引き取る」もよく使われます。息が絶えるという意味で死を迎えた状態です。「引き取る」は終わらせる意味もあります。帰ってもらいたい相手に「お引き取りください」と言います。


この「息を引き取る」という表現は単純に「呼吸が止まる」という意味だけではないように感じています。「引き取る」という動詞には「受け取る」とか「引き継ぐ」という意味があります。 死に行く人の吐く息を、周りで見つめていた家族が吸い、生命がリレーされて引き継いでいくという願いを込めた言葉だと思います。


「息を引き取る」という語源を調べると、広辞苑第5版で「浄瑠璃からの出典」と出ています。どうも江戸時代に考え出された言葉のようです。亡くなる人の最後の息を、残された人達が引き取り、その人の生き方を引き継ぐという意味から生まれた言葉のようです。亡くなっていく大事な人の命を周りで見送る家族が引き受けることで次の世代の人生が始まります。今の皆様の生活があるのは、先に亡くなったご先祖の皆様とお爺ちゃんお婆ちゃん、そしてご両親がいたからです。


生きてきた人が順番に死んでいく歴史は代々のご先祖が築いてきた流れなのです。そして過去に亡くなった人達も、前の人の命を引き取り引き受けて生きてきたのです。我々が生きている世界は多くの命の息を引き取り、そして思いを引き受けてきたから成り立っています。今の現実は過去の多くの方のお世話になっているからこそ初めて成り立ちます。そして、この世で生きると言う事はその恩を過去の人に返していく事とも言えます。なんだか難しい説教のようなブログになってしまいました。「息を引き取る」という表現からの雑学とお許しください。


ちなみに人間の最後の呼吸は吸って終わりを迎えますが、生まれた赤ちゃんは力一杯に吐き出すことから初めての呼吸が始まります。周りが「頑張れ」と声をかけ、最初に大きく吐き出す「オギャー」は身体から吐く息で作られるのです。

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