おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

旅立つ子に送る親の一言

棺桶に横たわっているのは享年13歳の中学一年生です。最期に覗き込んだ父親が静かに声をかけます。「気を付けて行けよ」亡骸にかける言葉をずいぶん聞いてきましたが、このフレーズは初めて耳に入りました。親子の絆を感じた瞬間でした。


検視が終わったと連絡が来たのは警察の安置室からでした。校舎の屋上から飛び降り自殺をした子供を搬送して欲しいとの連絡でした。ご遺体は最悪の状態かもしれないと頭をよぎりました。血まみれの肉の塊を想像し、真っ黒なビニール袋を積み込み急いで向かいます。ステンレスのベッドの上のご遺体は、想像に反して綺麗な状態でした。手足は折れて曲がっていましたが幸いにもお顔は無事でした。ただ、涙の跡でしょうか、土ホコリに汚れた頬に一筋の流れがついています。


悲しそうに見える故人のお顔を安らかな顔にする事から始めようと思いました。ご家族に対面させる前にお顔を綺麗に治すことに全力を使います。処置後にご家族が到着してお顔を覗き込んだ時に「まるで寝ているようだ」と言って貰いました。


中学生が校舎からの飛び降りたのです。当然周りは「いじめ」だと感じます。警察も介入しているようです。結局自殺の原因の結論が出ないままお葬式が始まります。


開式して直ぐに教育委員会のお偉方が次々と弔問に訪れます。学校関係者が大勢来ます。同級生も全員参列します。しかし、どなたも親御さんに声をかけません。無言で頭を下げるだけです。なにか言うと「いじめが自殺の原因と捉えられると困ったことになる」と知っているからです。弔問の全員が押し黙ったままでお別れの時間が過ぎていきます。ご両親も、あえて問いかけません。「ここで何か言っても、もう息子は帰らない」と覚悟されているようです。会場内に目つきの鋭い男性が数人来ています。多分警察だと思われます。入り口には喪服を着ていない普段着の人がウロウロしています。マスコミ関係者だと気づきました。館内でのトラブルを未然に防ごうと考え「マスコミ関係者はご遠慮ください」の案内札を掲示しました。


自殺は多くの人に影響を与えます。特に家族は悩みます。そして原因をとことん突き止めようと努力します。ほとんどの人は故人に「なんで自殺をしたのか」と問いかけます。最期の棺桶の中にまで「なんで」「どうして」と責めるような言葉をかけるのです。そして必ず「気づかなくてゴメンね」と後悔の言葉が出るのです。


打ち合わせでも納棺式でもお葬式の最中でも、ご両親は一回も、そして一言も旅立った息子を責めませんでした。「葬儀屋の前だから言わなかった」と考える人もいると思いますが、私には「息子を無事にあの世に送り、あちらで楽しく過ごしてもらおう」との願いを感じました。納棺では、着替えや、普段使っている勉強道具、習っていた柔道の胴着などが入れられました。


原因が解らぬまま命をたってしまった息子を責める言葉は最後で聞こえてきません。感じたのは、無事に天国にたどり着いて欲しいとの願いだけです。あの世の中学校で子供同士仲良く過ごすことを望む思いだけです。
深い悲しみの中でも、親としてきちんと子供を送る責任から出た言葉が「気を付けて行けよ」だったのです。

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