おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

死体の顔は変わるのです

亡くなった方を病院から搬送してお布団に安置します。お顔やお身体が柔らかい内に出来るだけの処置をします。亡くなると身体の筋肉が固まる死後硬直が始まります。死亡直後から始まる硬直は12時間を過ぎるとピークを迎えます。こうなると手指を胸元で組ませるのがとても困難になります。お顔の硬直は下あごから始まります。亡くなる時に口が開いたままのご遺体は多いのです。病院では顎を閉じさせるためにバンドを顔に撒くことがありますが、頬に痕がついて取れなくなります。口が開いている場合は早く外してあげ、下顎にタオルを挟んで口を閉じさせます。


死後硬直は個人差があります。通常は女性よりも男性が早く、老齢よりも若年の方に強く表れます。急死の場合も硬直が強く表れます。長期間寝たきりで亡くなった場合は、肘や膝などが曲がったままのご遺体もあります。出来るだけ治しますが、無理をすると骨折させてしまいます。ご遺体の尊厳を守る点からも、身体の下にタオルなどを噛ませて、真っ直ぐな身体で寝ているように体位を変えたりします。


病室にお迎えにあがった時、お顔には、まだ苦悶の表情が見て取れました。目は閉じても、閉じても、まぶたが開いてきて、白目をむき出します。目の下には、黒いくっきりとした苦しみの、クマが出ていました。食いしばった唇の端からは、拭っても、拭っても血が一筋流れ出てきます。ご家族以外でしたら目をそむけたくなるようなご遺体でした。


「お父さん、苦しかったね、やっと、楽になれたね」
つぶやく奥様を助手席にお乗せし、ご自宅のお布団にご安置をいたしました。ご子息が海外に居られたのですぐに帰国出来ず、葬儀は5日後に決まりました。奥様の要望で、最初の2日間はお布団に安置し、3日目に納棺し、お顔を見ていたいとの希望でしたので、棺のお蓋は閉じませんでした。もちろん私は毎日伺い、ドライアイスの交換や出血等の異常に注意していました。


5日後、やっと帰ってきた息子さんが、


「おやじ、笑っている」
と声をあげました。ちょうど、私もその場に居りましたので、「えっ」という気持ちで棺を覗き込みました。そこには、優しく微笑んでいるご遺体がありました。たしかに、ご自宅に安置してから、まぶたを閉じさせようと、目の周りをマッサージしたり、目の下のクマを消す為に、ファンデーションを塗りこんだり、喉の血止めや、頬の含み綿、さらに再度の出血を防ぐ為に、枕を高くして頭部を持ち上げたりと、出来るだけの処置は行ないましたが、どうしても笑顔にはなりませんでした。


医学的に見れば、死後の弛緩から来る、皮膚のたるみで笑顔に見えるようになったのかもしれませんが、私は仏様が自分で笑ってくれたと思っています。


葬儀が進み、お別れ花が済み、棺の蓋を閉めるときに、親族から声があがりました。
「きれいで、やすらかな、死に顔やなあ、うらやましいわ」
あらためて、美しいお顔に変ってくれた仏様に感謝しつつ、お蓋を閉じました。

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