旅立ちのお弁当は恵方巻
節分の日に、恵方巻の名前で、太巻き寿司を食べる習慣があります。
関西では、昔からの風習でしたが、いつのまにか全国に広がりました。
大家族のなかで、元気で過ごしていた、おばあちゃんの告別式は
2月3日の節分の日に行われました。
出棺になりました。
10人ほどのお孫さんたちの手で、棺が持ち上げられ、霊柩車に向かいます。
霊柩車まで運んできたときに、棺を担いでいた中の1人が、急に叫びました。
「そうだ、忘れていた。」
茶髪でリーゼントの若者が、私に話しかけてきました。
「葬儀屋さん、私だけ後で火葬場に行きますから、先に行ってください」
「解かりました。火葬時間は決まっていますから、遅れないで来て下さいね」
霊柩車、マイクロバスの葬列が、斎場に着き、火葬炉の前の焼香も終わりました。
まだ、お孫さんは、到着しません。
扉のスイッチを押す間際に、大型のバイクが、滑り込んできました。
「待たせて、すみません」
お孫さんの手に、何か握られています。
「ばあちゃん。恵方巻だ。病院のベッドで、『食べたいなー』、と、
言っていた恵方巻を持ってきた、ほら、食べながら、極楽に行ってくれよー」
私は、あらためて棺の蓋を開け、黒々と海苔を巻いてある、太い巻き寿司を、
お顔の横に、置きました。
火葬炉の扉が閉まり、ひとしきり太巻きの雑談が始まりました。
「おばあちゃんの太巻きは美味かった」
「お腹がすいたというと、太巻きが出てきた。俺の身体は太巻きで大きくなった」
「入学式、遠足、運動会は必ず太巻きだった」
おしゃべりの全員が、急に黙りました。火葬炉の扉を凝視しています。
どうやら、海苔が焼けた時の、こうばしい香りを感じたのは、
私だけではないようです。