おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

火葬炉の前の時間は大切

スロープで横づけが出来る火葬場の玄関に霊柩車が着きます。火葬場職員さんが台車を用意して待っています。棺を移し火葬炉の前まで運びます。炉に入れる前に5分~10分程の時間があります。同行したお坊様が「炉前勤行」と呼ぶ御経を唱え、参列者が「一回焼香」と呼ばれるお香の儀式を行います。一人が一回なのは、香炉から昇る煙を一筋にして極楽を目指す道標にするからです。焼香を終えた方は台車の棺の周りに集まり、故人に最後のお別れをします。故人のお身体が残る最後の瞬間です。ご遺体を火葬する前に火葬炉の前で行なうこの「納めの儀式」の時間を、毎回葬儀屋は緊張しながら見守ります。


「火葬炉に入れてしまうと故人の身体が燃えて消滅してしまう」という思いは家族にとって、非常に辛く納得しきれない感情です。突然の事故や病気で家族が旅立つなどの、思いもよらない死去とか、昨日まで元気でしたお子さんが急に亡くなるなどの、信じられない程辛いお葬式のご家族や母親がこの火葬炉前でパニックになり半狂乱で叫ぶ現場も経験しています。火葬炉に入れるのを全力で防ごうと棺にしがみつき手を離さない母親を周りの家族と一緒になだめて引きはがし、なんとか炉の扉を閉めてもらったこともありました。


火葬炉前の儀式の流れは、最初に台車に乗せた棺の前に簡単な祭壇を設置します。その設置した祭壇に持参した位牌と遺影を飾ります。香炉が準備されていますので参列者が整列したら僧侶による読経と焼香が行なわれます。僧侶から促されたら喪主様から順番に一回焼香を行ないます。済ませた方からお棺の窓を覗き込み故人と最後のお別れをします。最後に全員で合掌しお棺が火葬炉に運ばれるのを見送ります。スイッチは職員が押します。点火が行なわれると最初にボッと火葬室全体に響く音が聞こえその後ゴーゴーと続きます。


私はこの火葬炉前のひと時の時間を大切にしています。ところがこの頃、各自治体ではこの貴重な時間を減らす方向に向かっています。行政の言い分は市民サービス向上の為に全体の火葬時間の短縮を目指し、かつ公費削減で人件費を減らしたいと通達してきたのです


数年前から行政指導で火葬場に棺と同行する人数を制限すると言い始めました。昔は葬列に友人やご近所などがバスで連なりましたが、今は喪主とご家族そして近しい親戚のみの場合がほとんどです。いくら生前の故人と親しい間柄でも家族と親族以外は火葬場には来ないでくださいと言い張ります。特にコロナ過がこの傾向に拍車をかけました。参列者が限られて見送る人数が絞られることで火葬炉前の時間の短縮に繋がりました。


それに輪をかけて、お寺様も火葬前に御経をあげる炉前勤行を端折る傾向が見られるようになりました。僧侶が火葬場に行くことを止めてしまった宗派や、今まで炉前読経をしていたが諸般の事情で止めてしまったお寺です。理由として家族葬は同行のタクシー配車が無いとか、それに代わるお車代も貰えないなどです。その代わり出棺時に霊柩車の扉に向かって読経をします。それによって火葬場には行かない選択を取るお坊様も増えてきています。


最後のお別れをする棺の蓋からお顔を見る時間を設けない火葬場も増えています。告別式の後のお花を入れるお別れの時間で、葬儀屋が「故人のお顔を見てお別れが出来るのはこれで最後です。火葬場ではお顔は見る事が出来ません」と断りをいれるようになりました。


炉前は最後に対面し過ごした時間を振り返りお別れをする大切な場所です。この時間は皆様の記憶に強く残ります。私は火葬炉前のひと時をいつまでも大切にしたいと願います。

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