チョコで送られたお葬式
バレンタインデーになると思い出すお葬式があります。皆様この日は神父様の命日だと知っていましたか?バレンタインデーの起源はローマ帝国時代に司祭ウァレンティヌスが2月14日に処刑された事に由来しています。当時のローマ皇帝クラウディウス2世は「若者が戦争へ行きたがらないのは、故郷に残る家族や恋人と離れたくないからだ」として結婚を禁じました。ですが、結婚もできないまま戦地へ送られる若者をかわいそうに思ったウァレンティヌスは、若い兵士の結婚式を内緒で執り行っていたのです。そのことを知った皇帝はウァレンティヌスを処刑しました。その後、ウァレンティヌスは「聖バレンタイン」という聖人となったのです。
現在のバレンタインデーは、恋人達が愛を誓い合う日として世界各地でさまざまな形で祝われています。ですがチョコレートが主役となるのは日本特有の風習です。
病院にお迎えに伺いました。お腹にはまだ栄養チューブの管が、突き刺さっていました。好きな食べ物を、口から摂れなくなって数か月の闘病生活でした。
「お酒が飲めないせいか、スイーツが大好きでした。もっとケーキやアイスクリームを食べさせてあげたかった」
「砂糖水を凍らし、小さくした氷のかけらを、口に含むのが一番のごちそうでした」残された奥様が、小さな声を振り絞るように話されました。
お通夜の始まる前に、奥様と娘さんが大きなビニール袋を提げてきました。中身はいろいろなチョコレートでいっぱいです。
「甘いものが大好きな故人様でした」
司会者のナレーションが静かに流れ始めました。開式前の時間でお二人は、色とりどりのチョコレートをお顔の周りに並べていきました。御通夜の開式です。
「立春も過ぎ、一日ごとに暖かくなってまいりました。今日一日、明日一日と病魔と闘ってきましたが、残念ながら旅立たれました。甘いものが大好きな故人様でした。今日はバレンタインデーです。お棺の中に奥様と娘さんからのチョコレートが山ほど入っています」
仏様がもらったチョコレートはこれだけではありませんでした。故人は女子高の先生でした。50名ほどの女子高生が、棺の前に並びます。各人の手にはそれぞれが買い求めてきたチョコレートの箱が握られていました。
「先生の授業が大好きでした」
「先生に会えるから、登校しました」
「先生がいたから、学校を辞めないで済みました」
一人一人が、遺影写真に呼びかけながら、手にしたチョコレートを棺桶の上に置いていきます。見る見るうちに、チョコの箱の山が棺の上に積みあがりました。
すすり泣きが、親族席と参列者席から、聞こえてきます。バレンタインデーの日に、愛と感謝のチョコレートを山ほど抱えた仏様が旅立ちました。