おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

手で棺を運んでください

告別式が進行し出棺の時間になります。「お棺に手をかけ皆様で持ち上げてください」と促します。家族や親族の中から屈強な男性が6人程出てきて、故人が眠っているお棺の四隅と真ん中の底に指をかけて持ち上げます。成人男性が入っている棺桶は100キロ近くになることもあります。指先をかけるだけで不安定で持ちにくく結構な重労働になります。足もとに気を付けながらゆっくり歩き、出口の前で扉を開けている霊柩車に棺桶を運びます。


この流れは「野辺送り」と言う風習からきています。霊柩車が無い時代はお葬式の儀式が終了した後に埋葬する墓地や火葬場まで故人を担いで行きました。野辺送りでは棺を中心として以下のような葬列を組みます。先頭は提灯を持ち明かりで死者の魂を導きます。お菓子や小銭を紙で包んだ「おひねり」を入れた籠を持つ人が撒きながら歩きます。集まった子供達や近所の人がおひねりを拾い持ち帰ります。血縁の濃い親戚が線香を立てた香炉を持ち、その後に箸を立てた一膳飯を持つ女性が続きます。次が導師と呼ばれるお坊様と男性達に持ち上げられた棺桶です。その後に位牌を持つ喪主が続きます。遺影写真を近親者が持ち最期を歩きます。この葬列はお葬式の中でも「遺族にとって最も大事な儀式」と言う人もいるほど重要視されてきました。読経を行う間はお寺様が取り仕切りますが、野辺の送りについては親族の代表者と近隣の人々が地域の風習に則って送ります。万が一やり方を間違うと死者の穢れが近くの人に移ると信じられていましたので、しきたり通りに野辺の送りを行うことは、一連のお葬式の流れの中でも大事な仕事でした。


ですから野辺送りが無くなった現代においても、風習やしきたりはお葬式に根付いています。出棺時に「どうしてそんなことをするのだろう」と不思議に思う方もおられたでしょう。位牌や遺影を持つ人や棺桶を担ぐ順番が決められているのは野辺送りの名残なのです。


ところが、今の家族葬はこの野辺の送りの葬列が物理的に難しいのです。位牌を喪主様に持ってもらい遺影写真をお嬢様に渡すと、肝心のお棺を運ぶことが出来る人数がいません。残りの遺族だけで棺を運ぶことが難しい場合には、葬儀社のスタッフが手伝います。しかし家族4人の家族葬では喪主様に奥様そして後は子供達になり、棺を持ち上げる家族が一人もいなくなります。そのような時は担架部分を外したストレッチャーに棺桶を乗せます。祭壇から霊柩車までゴロゴロと押していき、火葬炉前でストレッチャーから炉にズルズルと押し込みます。近年ではお葬式の参加人数が少なくなっているため、火葬場でもお棺用のストレッチャーを配備し棺を持ち上げることが出来ない時に配慮するようになりました。


家族だけの家族葬の場合ですと、ご遺体は病院の霊安室から葬儀会館へ直行しそのまま祭壇前に置かれ、出棺もストレッチャーごと霊柩車に乗せますから火葬場まで一度もストレッチャーから降りることなく進行することもあります。こうなると、ご遺体を運ぶという体験をご遺族の皆様は一切することなくお葬式が終わってしますのです。


亡くなった人の身体が残っているうちに、旅立つ人の重みを感じることは大事な儀式だと思います。前述したとおり火葬場までの道のりで葬列を組むことが日本の葬送文化でした。故人の身体が入ったお棺を持つことは家族と親戚の皆様にとって重要な役割だったのです。重いお棺を大勢の人数で運ぶ儀式は、ご遺族にとっても「重い棺桶を無事に運ぶことが出来た」と記憶に残るのです。


供養とは故人をいつまでも忘れないであげることです。できるなら短い距離であっても、ご家族の手でお棺を運んで頂きたいと思う私です。

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