おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

どうしてもお別れしたい

深夜一人で訪れた白髪の老人は、蓋を開けた棺の前でゆっくりと膝を折り正座をしました。そして、こうべを垂れていつまでも動きませんでした。その人が葬儀会館を訪れたのは通夜の準備をしている午後でした。
「〇〇さんのお葬式はこちらでしょうか」前日の喪主様との打ち合わせで、出席は家族だけの家族葬で行なうことが決定されていましたので、このような尋ね方をされるのは、呼ばれなかった親戚か、ご近所の方が聞いてくる場合が多いのです。故人との関係を伺い、もし参列を希望されているのでしたら、家族だけ参列の葬儀ですから、ご遠慮いただくようにお話しをしようと思い対応を始めました。


現在コロナ禍のなかでお葬式がどんどん簡略化されてきています。ほとんどが家族葬となりました。中にはゴミ処理のように感じる「焼くだけで良い」という火葬のみのお葬式もあります。家族以外の参列者を呼ばない小人数でのお別れが当たり前になりつつあります。お寺離れも進んでいます。お坊様を呼ばないお通夜と告別式の進行も増えてきています。


お葬式には意味があります。お通夜は亡くなった人がよみがえる事を望んで行った風習から始まっています。故人との再会を願う人が夜遠しご遺体のそばで、思い出話やこれまでの感謝を語り死者の復活を願いました。


お通夜の時間は、家族や親族は死去の別れを実感して、故人への深い感謝を伝える場なのです。告別式の前にお通夜の時間を設けることで、しっかりとした心持ちで葬儀を迎えて冥福を祈ることができるのです。簡略化が進んだ通夜式が一般的になりつつありますが、本来は故人の側で一晩を過ごし、棺桶の人に話しかけて感謝を伝える時間なのです。


家族のみの家族葬には「お別れをしたかった」と望む人に連絡をしません。すると逝去を知った時に「骨になる前に一目会って見送りたかった」と嘆く声も多く聞こえてきます。亡くなった人には一生の歴史があります。必ず「お別れをしたい人、感謝をしたい人」がいるのです。家族だけの家族葬を考えるご遺族は、この方々の気持ちを知り得ません。結果「他人には知らせないで家族だけの身内で良い葬儀を済ませた」と納得されるのです。


先ほどの訪ねて来た方に「ご親戚ですか」と尋ねました。身内の関係者なら喪主様に連絡をして参列の是非を決めてもらいます。返事は「いいえ、お世話になったのでどうしても感謝を申し上げたい」と返ってきました。そうなると家族のみの家族葬と決められている喪主様は参加を断られるはずです。一応お名前を伺い聞いた内容と要望を喪主様に電話を入れました。やはり「私たちの知らない方の参列はお断りしてください。家族葬ですから参列者の対応はできないことを伝えてください。ですが、我々が帰った後に来られるのはやぶさかではありません」


電話を切り白髪の老人に話しかけました。「お通夜の時間は家族だけで行ないたいそうです。ですが、葬儀会館の玄関は夜通し開けてあります。夜遅く来られて、故人にお別れをするのは、喪主様もお許し頂けました」


冒頭の深夜に来た老人は半時程滞在して丁寧に御礼をされて帰られました。故人と、どのような関係で何があったのかは、最後まで解りませんでした。
家族葬には「どうしてもお別れをしたかった人」を参列させないデメリットもあるのです。

×

非ログインユーザーとして返信する