おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

痴呆のお爺ちゃんの奇跡

65歳以上の5人に1人が認知症なるようです。特にアルツハイマー型認知症は脳が萎縮していきます。周りが解らなくなり、言葉が出てこなくなり、感情の抑制がきかなくなり、社会のルールを守れなくなるといった症状が表れます。


家族は悩んでいました。お婆ちゃんのお葬式の打ち合わせ中です。
「葬儀屋さん、お爺ちゃんの出席をあきらめようと思うのだが」
故人の夫のことです。認知症が随分進み数年前から介護施設に入院しています。
「痴呆が進んで、もう誰の顔もわからない。赤ん坊のようになり、知らない場所に行くと、泣いたりわめいたり、車いすの上で暴れだす」
「葬儀会場に行く体力も無いし、連れて行っても周りに迷惑をかけるだけなので」


思い詰めていたように、いままで黙って聞いていたお孫さんがぽつりとつぶやきました。
「でも、お爺ちゃんはわかっていなくても、亡くなったお婆ちゃんは、きっと会いたい」
「やっぱり妻の葬儀に夫が不在なんて寂しすぎるよ。」
「今すぐ施設に連絡してみようよ」


介護ヘルパーさんや看護師さんも協力してくれて、参列者の来る前に会わせる事が決まりました。車イスのお爺ちゃんがヘルパーさんに押されてやってきました。やはり皆が心配した通り、環境の変化でわけのわからないことを呟きながら、うめき声や罵声をあげています。懸念した通りの状態で何も理解出来ないじゃないかと、全員の気持ちが曇りました。


棺の脇まで車いすを近づけ
「見える?奥さんだよ」
「「お爺ちゃんが会いに来てくれて嬉しそうだね」


じっと棺桶の中の奥様を見つめていたご主人の肩が震えて、頬に涙が伝わっています。
「泣いているの?」
「お爺ちゃん、わかるの?お婆ちゃんのことわかるの?」
「やっぱりお婆ちゃんのことはわかったのだ」
「そりゃ何十年も連れ添ったのだから」


静かに涙を流していたご主人が、柩に手をかけて車イスから立ち上がりました。
おぼつかない足元を心配して家族が身体を支えます。
「お爺ちゃんどうしたの?」
「お婆ちゃんの顔もっと近くで見たいの?」
ご主人は柩につかまり、故人の顔に手を伸ばし震える手でそっと奥様に触れて、
「ばあさん」
小さくつぶやきました。
「ばあさん。ありがとう」
そこまで言うとその後はぐったりと車イスに沈み込み、またもとの意思の疎通の出来ない状態へと戻ってしまいました。やむなく、参列者の来る前に介護施設にUターンです。


車いすリフト付き介護タクシーを見送る全員が、奇跡の瞬間を目撃した驚きを感じ、感動の涙で車を見送りました。「会わせて良かった」誰かがつぶやきました。

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