おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

オヤジいい顔しているな

「人はどんな死に方でも、死に顔は安らかで美しい」と書いてある本がありました。嘘です。長期に病気と闘い最期に力尽きてしまったお顔は、見るに堪えません。目の下にはくっきりと真っ黒なクマができ、頬はげっそりとこけて、瞼は開きっぱなしで白目をむきだします。老人専用の終末期病棟では誤嚥を防ぐために入れ歯を外します。口元がシワシワで人間の顔には見えません。口元を整えるために入れ歯を嵌めてあげたいのですが死後数時間後は一番死後硬直が強く無理が出来ません。


おくりびとの仕事は家族が「安らかなお顔」と安心できるお顔を作ることです。黒いクマはコンシーラで隠し、頬がこけた口元は含み綿で整えます。黄土色の顔色はハイライトで直し、血の気が亡くなった肌は頬紅を薄く差します。そして一番大事なことは、「もとのお顔になりましょうね」と仏様にお願いするのです。


病室にお迎えにあがったとき、お顔にはまだ苦悶の表情が見て取れました。目は、閉じても、閉じても、瞼が開いてきて、白目をむき出します。目の下にはくっきりとした苦しみの、クマが出ていました。唇の端からは、拭っても、拭っても、一筋の血が流れ出てきます。ご家族でも、目をそむけたくなるようなご遺体でした。


「お父さん、苦しかったね、やっと、楽になれたね」


譫言の様につぶやく奥様を助手席にお乗せし、ご自宅のお布団にご安置をいたしました。ご子息が海外に居られたので、すぐに帰国出来ず、葬儀は5日後に決まりました。奥様の要望で、最初の2日間は、お布団に安置し、3日目に納棺し、お顔を見ていたいとの希望でしたので、棺のお蓋は閉じませんでした。もちろん私は毎日伺い、ドライアイスの交換や、出血等の異常に注意していました。


5日後、やっと帰ってきた息子さんが、
「おやじ、笑っている」


と、声をあげました。ちょうど私もその場に居りましたので、


「えっ」という気持ちで、棺を覗き込みました。


そこには、たしかに微笑んでいる仏様が居られました。
ご自宅に安置してから、まぶたを閉じさせようと、目の周りをマッサージしたり、目の下のクマを消す為に、ファンデーションを塗りこんだり、喉の血止めや、頬の含み綿、さらに再度の出血を防ぐ為に、枕を高くして頭部を持ち上げたりと、出来るだけの処置は行ないましたが、どうしても笑顔にはなりませんでした。


医学的に見れば、死後の弛緩から来る、皮膚のたるみで笑顔に見えるようになったのかもしれませんが、私は、仏様が自分で笑ってくれたと思っています。
葬儀が進み、お別れ花が済み、棺の蓋を閉めるときに、親族から声があがりました。


「きれいで、安らかな、死に顔やなあ、うらやましいわ」

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