おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

院号に悩んだお婆ちゃん

老衰で旅立ったお婆ちゃんの葬儀の打ち合わせに、マンションのお部屋に来ています。高齢で介護が必要になり田舎の実家から引き取る時に、このお婆ちゃんが持ってきたのは沢山のご位牌だけでした。ずらりと並んだ立派なご位牌にはすべて「院号」が付いています。亡くなった人に、お寺様が仏の弟子としての名前を与える戒名の中で一番品格が高いのが院号と呼ばれる極楽でのお名前です。


「こちらに来る時に家を処分したし、檀家であったお寺も墓仕舞いをしてご縁が切れた。もう戒名も院号もいらないと思っているのだが、葬儀屋さん、お婆ちゃんに院号をつけなくても成仏できるかな?」喪主を務めるお孫さんが尋ねてきました。


院と言う名称は、平安時代に嵯峨天皇の御所を嵯峨院と称したことから始まったとされています。その後退位した天皇の別称として定着しました。例えば冷泉天皇や円融天皇は、退位後に冷泉院、円融院と呼ばれました。初めは天皇のみの使用が許された院号も、後には公家や武士などにも広く使用され始めます。江戸時代では商人も金銭で院号を買えるようになり、明治以降になると、富豪や政治家の間で社会的な地位の名称として使われるようになりました。


院号を戒名の中で最高位としたのは、寺院を建設した人への敬称で用いたことが起源とされています。生前に寺院を建立する資金の提出をした人や相当の地位や身分高い功労者だけが授かるものだったのです。その後、お寺や宗派へ貢献し、かつ信仰心の高い人や、社会的に貢献がなされた人にも、院号を付けるようになりました。


戒名に院号を付けるには、各お寺が本山に申請を行えば授かることができますが、その際、本山に対し多額のお金をおさめる必要があります。ですから戒名に院号を付けるには100万円以上と言われる金額が必要なのです。通常より多額なお布施の支払いは、寺院やその宗派全体に貢献したことになります。身分に関係なく、お金でお寺に貢献したことで、戒名の最高位の院号が与えられるのです。


今では院号は、どんな人にでもお布施さえ払えば授かることができます。金銭的な要素が強くなり、単なるお金持のステータスだけであるとの考え方も出てきました。


「俺たちの時代は、僧侶も御経も、まして戒名なども必要ないと思っている。今回も家族と従妹が参列し、無宗教で送るつもりだ。ただ戒名だけが気になっている」


「お寺のお坊さんは、先に亡くなった配偶者に院号がついているなら、同じお墓に入る仏様には同程度の位の戒名をつけなければいけないと説くことがあります。戒名が違うと極楽で会えないと脅かすお坊様もおります。しかし、お坊さんを教えるお釈迦様は、戒名で極楽での位は変わらないし、会いたい家族は向こうで必ず待っていて再会が出来ると説いています。私は、お釈迦様の意見が正しいと思います」


お婆ちゃんは、ひ孫にあたる喪主さんの子供たちが書いたメッセージカードと共に、院号が付かない俗名でスッキリと旅立ちました。
カードの宛名は「だい、だい、だいすきなおばあちゃんへ」と素敵な戒名でした。

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