おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

緑の葉の名はなんですか

病院で亡くなったご遺体をご自宅まで搬送します。お布団に寝かせて枕元に小さな祭壇を飾ります。枕飾りです。香炉、燭台、鈴、そして、花瓶に一本の樒(しきみ)を立てます。


この頃は、「その緑の葉っぱは何ですか」と尋ねられることがあります。「しきみ」や「しきび」と呼ばれるこの植物を始めて見る方も多いのです。中には「榊(さかき)ですね」と間違える方もおられます。樒と榊はどちらも常緑木で形や色などが似ていることから混同する方も多いのです。樒はモクレン科、榊はツバキ科で見た目は似ていますが種類が異なります。榊は漢字の通り「神」の「木」で、神事の玉串(たまぐし)で使われる植物です。


樒には「抹香臭い」という言葉の通り、葉や枝から独特の香りを放つのが特徴です。おだやかな見た目ですが根や葉そして花や実にまですべての部分にアニサチンという猛毒が含まれているため、少量を食べるだけで死に至る危険性があります。「しきみ」という名前の由来は実がもつ毒から「悪しき実」と言われやがて「あ」が省かれて「しきみ」という言葉になったようです。


樒が仏事に使われるようになったのはまだ遺体を土葬するのが一般的だった時代からです。土葬が中心だった時は、埋葬場所を野犬などの動物が掘り返してしまうという問題が多くありました。そのため動物が嫌がる臭いや毒を持つ植物を探し、樒を埋葬場所の周りに植えたことからが、お葬式に使われるようになった始まりと言われています。


お香のような独特な香りがあり、死臭を打ち消す効果があります。今でも棺に納めるときに使う地方もあります。納棺時にご遺体の下に樒を敷くのです。腐敗臭を消すための知恵だったとされています。ただ現在はドライアイスによって腐敗の進行を遅らせ、臭いも軽減できていますから、棺桶の中に樒を敷く作法はほとんど無くなってきています。


私は納棺の時に枕飾りの花瓶から一本樒を取り出し、半紙に包み、お顔の傍にそっと置き「仏様を極楽まで守ってね」と囁きます。


樒は別名「仏前草」と呼ばれ、「仏」の「木」という意味で「梻」という字も使われます。宗派を問わず日本の仏教と深い繋がりのある植物なのです。花の形が極楽に咲く蓮(はす)に似ていることから、鑑真和上が日本に渡る際に、唐から持ち込んだという言い伝えがあります。さらに弘法大師が密教の修行の際に蓮の花の代わりとして樒を使ったという説もあります。樒に「密」の字が使われるのは密教とのつながりを示しているといわれています。


現代では、創価学会や日蓮正宗のように、仏壇や墓には生花は供えずに樒のみを供えるという教えの宗派もあります。浄土真宗でも花瓶に生花ではなく樒を挿すことが多いのです。


葬儀の時に対の樒飾りを葬儀会館の玄関に立てて参列者を迎える風習は、京都や大阪などの関西地方で見られます。祭壇の両脇後ろには束にした樒スタンドを立てます。この4つの樒で結界をつくり、亡くなった人を邪気から守る意味があります。


枕元の花瓶に立てた緑の葉がほのかに香り、貴方の最後を看取ってくれるのです。

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