もとの婆ちゃんに戻して
葬儀依頼の電話が入りました。今しがた亡くなったばかりだそうです。向った先は、救急救命センターの集中治療室でした。ベッドの上に、まだ、若いお婆ちゃんが、横になっていました。
お天気が良いので友人達とランチを楽しむため、お洒落をして出かけたそうです。駅の階段で突然の脳内出血で倒れました。階段を転がり落ちて顔面から着地し、呼吸が出来なくなって、救急車で運ばれました。
お医者様は、蘇生の為、最善を尽くされたのでしょう。
緊急開頭手術の為、頭には包帯が巻かれ、まだ血がにじんでいます。呼吸器の取り付けのため、喉には大きな穴が開いています。黒く内出血をしたお顔には大きな絆創膏が張ってありました。
30代の息子さんが、
「葬儀屋さん、子供たちにショックを与えたくない。なんとか、なんとか、母の姿をもとに戻してくれないか」
エンバーミングという、遺体整復術がありますが、特別の処置室に運び、最短でも1日以上かかります。数時間後に対面する、お孫さん達には間に合いません。
「日焼けを嫌って、帽子をかぶり、颯爽と出かけたのに」
と、息子さんがつぶやきます。
私は彼に自宅に帰り、故人が愛用していた外出着を持ってきてくれるように頼みました。ご遺体をホールの安置室に運びました。
1時間後、花柄のピンクのスーツを着て、お似合いの帽子をかぶり、首に洒落たスカーフを巻いて、今にも出かけそうな仏様が、棺に入りました。
少し濃い目にコンシーラを塗り、お顔の傷を隠しました。
頭の包帯は帽子で隠しました。
喉に開けられた呼吸器の穴はスカーフで隠しました。
終わった直後、保育園、幼稚園、小学生のお孫さん方が集り始めました。
「おばあちゃん、おしゃれして、眠っているね」
「遠くに、旅行に行くのだよ、皆でサヨナラしようね」
息子さんが、そっと私に、囁きました。
「きれいに直してくれて、ありがとう」
棺の回りでは、お孫さんたちが、お別れの手紙を書き始めました。