おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

ドライアイスを外してね

数時間前にお亡くなりになったご遺体を前にして死後の処置に取り掛かります。火葬までに死体を不快な状態にしないために必要な作業です。本音を言うと、ご遺族の皆様には、この死体を裸にして行う行為をあまり見せたくありません。そこで、こう切り出します。


「仏様を綺麗にいたしますのでしばらくお待ちください。この間に死亡届の記入と、遺影にするお写真を探していただけますか」
これでしばらく周りに人がいなくなります


便の漏れを防ぐためにお尻に綿を詰めます。失禁を受け止める紙オムツを履かせます。鼻汁が漏れないように鼻の穴を綿で塞ぎます。胃液の逆流を防ぐため喉にも綿を詰めます。
そして、最後は大きなドライアイスの塊をお腹の上にドスンと置きます。


大人は居なくなっていましたが、傍らに小さな女の子が興味津々でじっと見ていました。ドライアイスの塊をドンと乗せたところで、バタバタと両親のもとに駆け出していきました。しばらくして父親が来て


「この子がおばあちゃんのお腹に重い石を乗せられて可哀そう、取ってあげてと言うが」


人間の身体は死後すぐに腐敗が始まります。1時間で腸内細菌の増殖が認められ、胃酸や腸の消化液が胃腸そのものを溶かし、酵素による自家融解を起こします。これによって腐腐敗ガスが発生しガス中に含まれる硫化水素が血液中のヘモグロビンと結合して、硫化へモグロビンが作られると、腹部が淡青藍色に変色してきます。この変色が全身に波及して全身が膨らんでいくのです。亡くなった身体は、早く処置を行わないと変色が始まり、体液が漏れ出して、悪臭がしてくるのです。これでは、ご遺族が最後のお別れが出来ません。


ドライアイスの処置等が適切に行われれば、死後数日はひどい変化は起きません。ドライアイスはマイナス78.9℃というきわめて低温です。また溶けても液体にならずに炭酸ガスへと昇華しますので、後処理に手が掛かからないという、大きなメリットもあります。


いくら低温でも室内温度が高いと、ドライアイスの気化も驚く程早くなります。自宅安置の場合、安置するお部屋は冷房で出来るだけ室温を下げ、ご遺体にドライアイスを充てた上から、断熱の為毛布や布団をかける事が必要となります。また出来るだけ早期に納棺をした方が、冷気の利きも良くなります。


聞いた父親の顔も無理を言っていると解っているようです。お嬢さんに話しかけました。


「これはドライアイスと言って、おばあちゃんを綺麗にしておくために、どうしても置かないといけません。でも、痛くないように置き場所を少し変えます。おばあちゃんに、重たいけれど許してくれるように、伝えてもらえますか」


納得したお嬢さんは、お布団に近寄り、優しい寝顔のおばあちゃんに囁きました。


「おばあちゃん、ごめんね。重たいけど我慢してね」

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