おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

夫婦は今日で終わりです

突然のお別れでした。いつもと変わらぬ朝でした。「行ってきます」と出勤したご主人が職場で倒れました。死因はクモ膜下出血です。破裂脳動脈瘤とも呼ばれるこの病気は頭蓋骨内の表面膜を這う血管が突然切れることで発症します。脳内に大出血を起こして、ほとんどの人は病院へ運ばれる前に亡くなってしまう怖い病です。


どなたも予期せぬ別れでした。奥様はショックのあまり悲しみが来るより先に身体が悲鳴を上げました。何よりもこのご夫婦は婚姻届けを出して、まだ2年も過ぎていません。幸か不幸かまだお子様も授かりませんでした。一報を聞いた彼女は身体中に震えが来て呼吸困難に陥りました。救急車が呼ばれます。ご主人が安置されている病院の霊安室に駆け付けたのは故人の父親です。葬儀屋への連絡と搬送手続き、打合せと故人の父親が全面に出ざるを得ませんでした。


夫婦のどちらかが亡くなると一般的に残された配偶者が喪主を務めます。高齢になりご主人を送るお葬式で喪主を務めるのは奥様が多いのです。今回一時休んで退院できた残された妻には、言葉が思うように出ない程ショックが大きいのが見て取れました。そんな彼女を見ていた嫁ぎ先の父親には思うところがあったのです。


最初からこう切り出されました。「本来なら夫婦ですから残された配偶者が喪主を務めます。ですが、今回は事情を組み父親の私が息子の葬式を出します」急遽集まった親戚を含むご両家の皆様は、この意見にそうするのが一番良いと納得しました。


お葬式が始まります。突然のお別れで葬儀会館のホールは涙であふれていました。なによりも残された若い奥様には同情の声がかけられています。進行が進み出棺前の挨拶が始まります。当然御礼のマイクを握ったのは喪主を務める故人の父親です。


「本日は、息子の葬儀にかくも沢山のご参列を頂きまして喪心より感謝いたします。生前に息子が皆様より頂いたご指導ご鞭撻に故人に代わりまして御礼申し上げます。残された家族にもこれまで同様のお付き合いをお願いします」
ここまで一気に伝えた言葉の後しばらく間が開きました。どうしたのだろうか?何を続けるのだろうか?並んだ故人の奥様、喪主様の奥様(故人の母親になります)、親戚、会社関係、ご友人を含む参列者一同が疑問を感じながら次の言葉を待ちます。


「ご参列の皆様と、娘のように思っていた残された〇子さんに、ここで伝えようと思います。本日をもって息子と〇子さんの結婚生活に終わりを告げます。骨と位牌は私が持ち帰り供養します。〇子さんはまだ若い。このまま息子の傍に居て墓守りをする事はありません。なによりも息子はそれを望みません。一刻も早く、新しい生活を踏み出してください。それがなによりも息子の願いだと感じます」


会場内がざわつきます。特に奥様の両親と親戚からは暴言とも聞こえる内容に不信感がでました。「この場で不謹慎すぎる」「常識をわきまえろ」怒号も出ます。
慌てて司会者が「ご参列ありがとうございました。これより出棺でございます」と取り繕います。


その後、この残された奥様がどのような行動をとられたかは葬儀屋には解りません。ですが四十九日の法要には姿を見せなかったと後で聞こえてきました。

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