おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

お別れを告げるフォーン

高齢者夫婦の世帯が増えています。ところが夫婦が二人とも「健康で長生き」とは、なかなか行かないのが現実です。最期はどちらかが施設に入るか、又はお二人とも入院して、別々の病院で息を引き取ることも、よくある出来事になり始めています。今回のお葬式のお爺ちゃんも入院先の病院で旅立ちました。そしてお連れ合いのお婆ちゃんも痴呆が進み別の病院に入院中とのお話しを、打合せのなかで伺いました。
ご家族様からお願いがありました。


「どうしても最後に、入院中の母を亡くなった父に会わせたいので、なにか方法を考えてくれないか」との申し出です。


このようなお願いはよくあります。過去ブログの23年5月にも「認知症爺ちゃんの奇跡」でお二人の最期の対面を綴りました。今回のご夫婦も元気な頃は、故人様と奥様が買い物に行くのも一緒のおしどり夫婦として知られていたようです。しかし、奥様の体調が少しずつ悪くなり、それと同時に痴呆も進み始めました。故人が渾身的な介護をされていましたが、そのご主人が急に亡くなってしまったのです。


最初は入院中のお婆ちゃんを葬儀会館に連れて来ようと提案しました。ところが、体調も思わしくなく、病院からの外出許可が下りません。もう、身体のあちこちが、チューブに繋がれ痴呆も進み、ベッドからの移動が不可能でした。ご家族様の要望を聞いた看護師さんは院長や理事長に掛け合ってくれましたが、どうしても外出は難しいとの回答でした。それなら、故人が出向く方法はないかと画策しました。


ストレッチャーに死体を乗せて、病院にベッドの脇に連れて行くのはどう考えても無理です。度重なる熱意の提案に病院も妥協してくれました。火葬場に行く前に霊柩車を病院の駐車場に入れて、入院中の窓からお別れをしてもらうという内容です。


いつもの黒い霊柩車をやめて目立たないグレーの搬送車を使います。家族も喪服は着ません。私も黒い服ではなく普段着で運転します。病院の駐車場に向かいました。


目立たぬように、病室の窓から見える位置に駐車します。霊柩車の後ろ扉を少しだけ開けました。病室の窓に看護師さんとご家族に両側を支えられたお婆ちゃんが立っているのが見えました。


小さなお姿が窓際に見えます。支えられたお婆ちゃんと両側から何かを必死に囁いているご家族と看護師さんです。3人の姿を見つけた私は、後部に声をかけました。


「お爺ちゃん、奥さんですよ。お別れを言っていますよ」


頭の中に、窓から見えるお婆ちゃんが少しでも良くなり一日でも長く生きるのが、棺桶の中で眠るお爺ちゃんの言葉だと感じました。そこには夫婦の絆がありました。


いつもなら出棺時に長くフォーンを鳴らしてお別れの挨拶とします。ですがここは病院の駐車場です。周りには解からないように短く「プッ」と鳴らします。バックミラーに写るお婆ちゃんが了解したように小さく手を振り返した様に見えました。

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