おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

娘のバイクには罪がない

お迎えに行ったのは警察署の霊安室でした。ステンレスのベッドの上に検視後の裸の状態で寝かされていたのは、まだ若いお嬢様です。骨折と擦り傷でお身体は無惨な状況でしたが、ヘルメットに守られたお顔は美しいままでした。死体検案書には急性外傷からの内臓損傷と記入されています。こんなに若い命が、なぜ今日、寿命を迎える状況になったのでしょうか。なんともやりきれない気持ちを抱きながら、御着替えと納棺を済ませて、葬儀会館へ搬送しました。


「少し走って来る」とバイクに乗って出かけたお嬢様は数時間後に検視台の上にいました。対向車線にはみ出し、運悪くそこに大型トラックが迫っていた事故でした。バイクは身体がむき出しの状態で運転します。自動車とは違い、イザという時の人体を覆うカバーがありません。頑丈な車体で覆われている車とは違い、事故を起こせば、即、命の危険が高くなる乗り物なのです。打合せの最初に父親が呟きます。


「いつものように『仕事で溜まったストレスを発散してくる』と言って出かけました。バイクの運転技術が人より上手だと言われていました。今まで事故を起こすなんて思ったことはありませんでした。死んだなんてまだ信じられない気持ちです」


父親と娘で助け合いながら暮らしてきました。母親がいない分絆は強く結ばれていました。憔悴した父親が遺影写真に使う一枚を差し出しました。


「この写真が良いから」
それは、バイクにまたがっている写真でした。とても良いお顔でこちらに微笑むお嬢様でした。ですが、死因が解かっていましたので受け取りに困惑しました。さすがに「バイクの写真では、いかがでしょうか」と口から出かかりました。喪主を務める父親も気持ちを察したのでしょう。一言、言い切りました。


「バイクに恨みはありません。それにバイク好きにしたのは俺だ」
父親もバイク乗りでした。免許が取れるまでは父親の単車の後部座席が娘の指定席でした。娘が最初に乗り回したバイクは父親の愛車でした。通夜及び告別式にはバイク仲間も大勢参列しました。


「事故現場は見通しも良く事故多発地域でも無いのに不思議だ」「〇〇ちゃんの技術はピカイチなので信じられない」「センターラインを踏み越えて反対車線に入った時にたまたまトラックが来てしまった」「なぜ走行車線が狂ったのか解からない」
口々に疑問を話しています。


ほんの数秒でたった一つの大切な命が吹き飛んでしまいました。バイクに乗らなければ違う人生が待っていたはずです。ですが、お嬢様が大好きだったバイクを責めるのはお門違いです。


もう一度遺影写真を見上げました。バイクに跨り幸せそうに微笑むお嬢様がこちらを見ています。颯爽と風をきるバイク乗りに魅せられたお嬢様がそこにいました。


愛する娘の最期のツーリングです。自慢の娘の旅立ちです。父親が呟きました。


「バイクには罪はない。いつまでも走って欲しい」

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