形見のパールネックレス
旅立ったお婆ちゃんのお葬式の打合せをしています。老夫婦が助け合いながら暮らしてきたリビングで、憔悴したお爺ちゃんと向き合っています。連れ合いを亡くされたショックで今にも倒れそうなお爺ちゃんでしたが、奥様をしっかりと旅立させると覚悟してからは喪主の務めをなんとか果たしています。突然玄関が開きました。
「遅くなってごめんなさい。お父さん大丈夫」遠方に住む娘さんが一報を聞いてすぐに駆け付けて来たようです。
「お母さんはどこなの」 「お隣の和室にご安置しています」
コートも脱がずに駆け込んだ部屋から悲鳴のような鳴き声が聞こえてきました。
しばらくして娘さんも同席し打ち合わせを再開します。喪主様が急に立ち上がりました。仏様の安置されている和室から戻り、ケースのような物を手に取っています。
「そうそう、忘れないうちに、帰ってきたらこれを渡しておくよう言われていた」
娘さんに渡されたのは、亡くなった奥様が大事にしていたパールのネックレスです。
お葬式に参列の時は宝飾品を身につけないのがマナーと言われています。ただし洋装の喪服では真珠のネックレスを身につけることが許されています。控えめな真珠は「涙の象徴」「月の涙」とも言われており、故人様やご遺族への敬意の表れにもなります。日本では二連のものは「不幸が重なる」と解釈されていますので、一連にして首に沿ったネックレスを身につけてください。黒やグレーでも構いませんが「黒真珠などの色付きは贅沢で良くない」といった考え方もあります。ピンクやゴールドの珠は派手な印象になるので、お葬式にはふさわしくありません。
蓋を開けたケースからは、立派な大粒のパールの一連ネックレスが見て取れました。娘さんが記憶を探る様に話し始めます。
「これ、母が冠婚葬祭の時には必ず付けていたネックレス。子供のころ「いいな」と褒めたら「母さんが死んだら、あなたがつけてね」と言われたのを想い出した」
「今、父に渡されるまでこれの存在を忘れていました。きっと弱ってきた母が父に言付けたのでしょう。父も遺言だと思っていたようで、会ったらすぐに渡してきたので驚きました」
ひとしきり、パールからお母様の思い出のお話しが始まります。
翌朝、娘さんのご主人とお子様が駆けつけました。お葬式が進行していきます。凛とした洋装の喪服を着こなした娘さんが、やつれた喪主様を支えています。その首元には、形見になった大粒のパールネックレスが輝いていました。
火葬場の控室で話し声が聞こえてきました。首元のパールが目立つ娘さんが、自分の娘にネックレスを見せながら話しかけていました。
「これはお婆ちゃんが大事にしていたパールだよ。お爺ちゃんからママが受け継ぐよう渡されたの。いつかママが◯◯ちゃん(娘)にあげるから、ちゃんと手入れして大事にしてね」