彼岸花が好きな妻でした
仲良く老後を楽しんでいた高齢者夫婦の奥様が急性心不全を起こし亡くなりました。喪主を務めるご主人がどうしてもお願いしたいと話されたのが「祭壇に飾る花を妻の好きだった彼岸花でお願いします」との一言でした。彼岸花(ひがんばな)はお彼岸を待っていたかのように咲く花です。長い茎がスッと伸びた先に赤や白のカールした細い花がつきます。とても可憐ですし群生するので見応えがあります。しかし、何故かイベントの飾り花や花束には用いられません。理由は不吉なイメージを持つ方が多いからです。
彼岸花を見てみると茎の先に大きな花がポツンと咲いています。他の花に必ずある緑の葉が無いのです。一般的な花と違う生態は球根から花が咲きに出て、その花が枯れた後に葉が成長するからです。多くの人は、葉と花を一緒に見られない彼岸花の性質から「葉見ず花見ず」と怖がりました。葉と花を親子に見立てて、葉(親)に捨てられた花(子)で、捨て子花(すてごばな)と名付けた地域もあります。死人花(しびとばな)や地獄花(じごくばな)と呼ぶ事もありました。突然茎が伸び、葉も無いのに花が付くのを不気味に感じたのです。
「彼岸花を摘むと死人が出る」との言い伝えがあります。子供が引き抜いて触ったり食べたりしないための戒めから生まれました。別名として毒花(どくばな) 喉焼花(のどやけばな)雷花(かみなりばな)痺れ花(しびればな)幽霊花(ゆうれいばな)などもあります。この名が付いた理由は彼岸花には花・茎・葉・球根とすべての部分に毒があるからです。中でも特に強い毒を持つのは球根の部分です。アルカロイド系の毒は、誤って食べると吐き気や下痢を起こし、重症の場合は死に至ることもあります。昔は球根を食べた人が亡くなり「この花は彼岸(あの世)に行く」と言われ彼岸花という名前がついたとも言われています。
昔は死体を土の中に直接埋める土葬が一般的でした。動物によってお墓が掘り起こされることのないように毒を持つ彼岸花が植えられました。ネズミやモグラから遺体を守るために植えたのです。球根部分に毒を多く含むこの花は、その有毒性を使いモグラがあぜ道や土手に穴を開けるのを防ぐためにも使われました。毎年、お墓の周りには必ず彼岸花が咲きます。死体に咲く花のイメージから、この花は不吉だと言われるきっかけとなりました。
曼珠沙華(まんじゅしゃげ)と呼ぶ素敵な名もこの花にはあります。サンクリット語で「天界の花」です。仏具の天蓋に似ていることから天蓋花(てんがいばな)とも呼ばれます。法華経では梵語で「紅色の花」と名付けられ「見る者の心を柔軟にする花」と説いています。極楽浄土には、この曼珠沙華が一面に咲き誇っていると書かれた経典もあります。
彼岸花の花言葉は「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」です。長い茎の上に可憐な花だけが咲き、その花が落ちてから葉が出る様子から名付けられたと言われています。
お別れの時が近づきました。棺の中に赤や白の曼珠沙華がたくさん入れられました。浄土のお花で囲まれた奥様は、まるで一足先に極楽の地をお散歩されているようです。
曼珠沙華に囲まれた奥様に顔を近づけた喪主様がそっと囁きました。
「行ってらっしゃい、先に逝って待っていてくれよ。俺も、もうすぐ行くからな」