おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

大人数が参列した納棺式

少し前までのコロナ過時はいろいろな制約が起こりました。大人数が集まる「お葬式」も開催を控えるようにと通達が出ました。寂しい雰囲気の中で、送り出した仏様も随分おられます。参列者の人数でお葬式の内容を評価するわけではありませんが、その人の人生に関わった人達が多く集まり、感謝の気持ちで送りだす儀式のお手伝いをする時は、故人の人生が見える良いお葬式だと個人的には感じています。


大手自動車メーカーの重要部品を作っている工場のオーナーが急逝されました。社長と言っても背広を着てデスクワークの人ではなく、油の匂いのこびり付いた作業着で一日過ごす毎日でした。当然大人数のお葬式が予想されましたが、大きな集まりを控えるような世論でしたので、まず家族のみの密葬で行い、後日「社葬」として偲ぶ会を行うことが決まりました。


密葬の準備を進める中で、一つ問題が出てきました。工場の社員の参列をどうしたらよいかという内容です。社葬の時に従業員全員が参列する考えもありましたが、大手メーカーの下請けという立場の工場は、勝手に操業を止めて全従業員が参列することが不可能なのです。必ず毎日一定量の作成と出荷が決められています。重要部品を作るメーカーは一日でも作業が止まると、大きなトラブルになるのです。


喪主を務める奥様が「火葬場に行く前に納棺式を工場でしてください」と提案しました。


通常の納棺式はご自宅でお通夜の前にご家族の立ち合いで行います。少ない時は一人の場合もありますし多くても20人程です。家族で故人を囲む濃厚な儀式です。髪を整えたりお顔を綺麗にしたり、女性にはお化粧をして送り出します。御着替えも家族の手で手伝ってもらい、全員が故人に触れあい声をかける大事な時間です。


ストレッチャーで故人を運んだのは、広い工場の一画でした。油の匂いがする中、今日も止まらない機械が動いています。50人近い従業員が周りを囲む中、納棺の儀式が始まりました。ご家族とご親族が着替えを手伝います。もちろん故人が一番長く着た作業着が旅立ちの衣装として選ばれました。お孫さんが書いた絵が入れられ、その後は一人ずつ白い菊を持った社員が並びました。


お別れの列は工場内だけでは止まりませんでした。気がつくと入り口から外にも人があふれていました。社員のご家族の皆様でした。故人の口癖は「社員は家族だから」でした。ご近所や友人達、一目だけでもお別れをと望んだ方々が、工場に押し寄せていました。


後日、ホテルを貸し切り社葬が行なわれました。立派な祭壇の前では新しい経営陣のお披露目も行われました。取引先を始め仕事関係者の皆様で会場は溢れました。どなたの涙も見ない社葬を進行しながら、先日の工場で行われた大人数の納棺式を振り返っていました。


棺を覗く全員が感謝の気持ちを伝え、霊柩車が出る時に聞こえてきた皆様の心から振り絞った慟哭と言えるような泣き声を思い出していました。

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