おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

火葬場では写真撮影禁止

霊柩車を先頭に並んだ車列が火葬場に到着します。いくら公共の施設だと言っても、火葬場は初めて来る方が大多数です。当然皆様興味津々です。「どんなところだろう。記念に一枚」とスマホをポケットから出し始めます。火葬場は撮影禁止です。


ある程度の年齢の方は、常識として火葬場では写真を撮らないと知っていますが、今の若い方は、直ぐにスマホを取り出しカシャカシャし始めるのです。入り口や館内の壁に「カメラ撮影禁止」の文字が貼ってありますが、効果は薄いのです。火葬場職員さんは直接の注意はしません。公務員ですからトラブルを嫌うのです。その代わり私たち葬儀屋に「写真を止めさせて」とプレッシャーをかけてきます。無視して信頼関係を壊しては、これからの仕事に響きます。参列者に注意をはらい、ポケットからスマホを取り出し始める若者を見つけると「すみません。スマホは仕舞ってください。こちらでは撮影が出来ません」と結構強めに注意を始めるのです。


火葬場の写真撮影が禁止されている理由は、他の遺族のプライバシー保護があります。ほとんどの火葬場では火葬炉が横並びです。そのため自分の家族の棺を炉に収める時、その横で別の家族が遺骨を拾う場面も出てきます。どなたも故人の骨が写った写真とか、収骨で悲しんでいる顔の写真を、他人に撮られたくはありません。


家族だけの写真なら良いだろうと、考えるかもしれません。ですが棺桶の中の死に顔の写真とか、悲しみの涙と鼻水の貴方の顔が後世写真に残ることは、だれも望みません。ご遺体の顔や火葬後の骨にも尊厳を守ると言うプライバシーは残るのです。


心霊写真が写ってしまうのも困るのです。火葬場は照明を控えていますから、万が一の場合に、心霊写真のようなものが撮れてしまうことがある様です。それが面白可笑しく拡散すると心霊スポットになってしまいます。公共の施設では許されることではありません。ネットで「あの火葬場は幽霊が出る」と騒がれたら、それこそ大ごとになります。当然、働いている職員さん達も良い気分にはなれません。それでなくても、普通の人には死体を焼く気味の悪い施設ですから、トラブルになりそうな写真は、撮られないように未然に防ぐのです。


もう一つ大事な理由があります。火葬場職員を守っているのです。過去に差別的な言動で不利益をこうむる歴史があり、そこから火葬場で働いている職員の人権を守るために撮影禁止にしたのです。昔から葬儀に関する仕事には偏見がありました。今も火葬場職員は対外的には公表していません。役所の中でも人事異動を嫌がり、卑しい仕事と噂されることもあると聞きました。多々の出来事から、職員が写真に写り込んで拡散されることを、とても恐れているのです。


火葬場で働く職員さん達は、いわば専門職です。腐敗が始まる死体を高温の炎で焼骨にして、尊厳をもって遺族に返す仕事をしてくれています。火葬炉の裏では、綺麗なお骨にするために、いろいろな努力がされているのです。


火葬場に着いたらスマホは出さないでください。働いている職員さん達を不愉快な思いにさせないために、火葬炉前の写真撮影は厳禁です。どうしても撮りたい記念写真は喪家様控室でお願いします。

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