おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

霊柩車の助手席の出来事

クラクションが叫び声をあげると霊柩車がゆっくり走りだします。関東では霊柩車の助手席に位牌や遺影写真を持つ喪主様が乗ることが多いです。関東圏以外では後ろに続くハイヤーに乗車することが通例です。遺族は「野辺送り」の主旨から柩の後を追いかけるという慣習があるからです。


喪主が後続のハイヤーやマイクロバスに乗った場合は、霊柩車の助手席はスタッフが乗ります。神妙な面持ちで乗ってはいますが、実際は世間話でくつろいでいます。
「どう最近忙しい?今日の葬儀は大人数だね。道が少しは混むかな。」などです。ただ仕事だけはしっかりとしています。必ず出発と同時に火葬場に電話を入れます。火葬炉に棺桶を入れる時間が予約時に決まっていますが、複数の喪家様の鉢合わせを避けるように、急いだりゆっくり走ったりして到着時間を調節するのです。もう一つ大事なことがあります。火葬許可証を絶対に忘れないことです。この書類がないと職員さんが火葬炉のスイッチを押してくれません。


あまりお金をかけない家族葬では、私が霊柩車を運転して喪主様を助手席に乗せます。葬儀という大仕事を終えた安堵感と車の中という密室でつい心の中の本音が聞こえてきます。


沈黙の車内で、喪主を務めた奥様が大きなため息をつきました。後ろの棺桶には、80代のお婆ちゃんが入っています。喪主様からは義理のお母さん、言い換えれば「姑」にあたります。


「この人には泣かされました。主人が若死にした時は私が殺したと言われました。」
「子供が出来なかったので、家が絶えてしまうと責められました」
「何かとつらく当たられ、ここ十年は、痴呆が進み介護で疲れ果てる毎日でした。一緒に死ぬことも考えたこともあります。」


私に相槌を求める事も無く、つぶやきは続きます。


「私は嫁ぎ先の人間だからと言われて実家や周りは助けてくれず、実の娘がいるのに『あんたが長男の嫁だから』との事だけで、私がすべて面倒を見なければいけませんでした。」
そういえば、親族が数人いたのに誰も手を出さず、病院の手続きから葬儀の打ち合わせまで、すべて喪主様がお一人で行っていました。


喪主様に、そっと声をかけました。
「長い間、大変でしたね」
喪主様の目から、突然、涙があふれ出てきました。そういえば、通夜、告別式と、どなたの涙も見ていませんでした。


「やっと これで・・・」
後半の言葉は聞こえませんでした。


高い煙突がフロントガラスに見えてきました。まもなく火葬場です。

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