棺桶に入れた年賀状の束
間もなくお正月を迎えようとしている年末に命の灯が消えました。「お正月なので」と、息子夫婦だけが見送るご葬儀に決まりました。火葬場は公営施設なので年末から三が日は休業になります。休み明けの一番窯での出棺を予約しました。
「母を亡くしてからは、一人で暮らす生活が長く続いたし、知り合いや友人関係もほとんどいないはずだと思うので」
「煩わしい人間関係は嫌だと言っていたし、おやじは無宗教だし、華やかなことは無駄だと言っていたので」
打合せの間中、喪主を務める息子さんは、寂しいお葬式になった弁解をし始めました。
お寺を呼ばずお花も最低限で、夫婦二人だけが棺桶を囲みました。元日の夜、喪主様が思いつめた顔で、会館にやって来ました。手に数十枚の年賀状を握っています。
「元日に届いた、おやじ宛の年賀状です。こんなに届いて仰天しました」
「別居していたので、こんなにたくさんの年賀状が来ることは、知りませんでした。定年もだいぶ過ぎ、一人で過ごす時間も長かったので、こんなに友人、知人がいるとは、思いもしませんでした。これなら、この人達一人一人に連絡を取って、葬式に参列してもらったほうが、良かったのではないかと、今、とても後悔しています」
参列者を呼ばないお葬式を決めてしまったことに、後悔の念が見て取れます。気落ちした様子の喪主様に、一つの提案をしました。
「この年賀状をすべてコピーしてお渡しします。ご葬儀が終わりましたら、喪主様から差出人お一人お一人に、旅立った報告と、いままでのお付き合いに感謝するお手紙を、出されて下さい。そしてこの皆様から頂いた年賀状はお棺に入れて、お父様には、極楽で読んでもらいましょう」
喪主はホッとした顔でうなずきました。
「おやじ、ごめんな。こんなに友人、知人がいるとは知らなかった。俺が代わりに礼状を出しとくから、心配するな」
静かな式場にポツンと棺が置かれています。棺桶の傍に、たたずむ喪主様の姿がありました。手には元日に届いた年賀状の束が握られています。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。お互い元気で過ごしましょう。また会えるのを楽しみにしています」
棺桶の中で冷たくなっているお父さんに聞かせるよう、文面と差出人のお名前を、お一人お一人丁寧にゆっくりと読み上げていました。明かりを絞ったホールの中に喪主様の涙声がいつまでもいつまでも響いていました。