おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

飾った遺影はお気に入り

ご自宅に搬送が終わり和室に安置された高齢のお婆ちゃんの脇で、ご家族は困惑していました。喪主様の手には、故人が元気なころに介護施設で書き込んだという立派なエンディングノートがあります。その中に挟み込まれた「私の遺影」というページが開かれています。そのページに貼られていたのは華やかな着物を召した若い綺麗な女性の写真です。余白には「遺影はこの写真を使ってね」と書かれています。


お葬式会場の祭壇に飾られる遺影写真は、弔問の皆様に向けて見せる最後の生前のお姿です。全員が見上げて手を合わせ、亡き故人を偲ぶ大切な一枚です。そんな大事な品だからこそ、皆様には事前に準備しておく事をお勧めします。自分で選ぶお気に入りを用意しておくだけで、残された家族は悩む時間が各段に軽減されます。


皆様が考える遺影写真のイメージは高齢の方が真面目な顔で写る写真だと思います。高齢のお顔の写真が使われるのは、亡くなられる時期に近い姿の写真が好ましいと思われてきたからです。家族の記憶に残る死去に一番近いお姿である事とその年代まで生きた証拠でもあるから、人生晩年の年老いた写真が使われているのです。


この頃「最近の写真が無いので少し若い頃の写真じゃ駄目ですか?」と言う質問を良く受けます。もちろん「問題ありません」と答えます。病気で長期入院後の死去では、あえて生前の元気なころの写真が選ばれます。選ぶ写真は年齢にかかわらず、家族の想いに強く残る故人の姿に近い一枚を選ぶ事が大事なのです。引き伸ばしますから出来るだけお顔がはっきりと大きく写っている事と素敵な笑顔を選びます。


喪主を務める娘さんは悩んでいました「こんなに若い時の写真を遺影写真に使ったら可笑しいでしょう。弔問に来られた母のご友人方が間違えて来たと思われる」
私は自分の考えをお伝えしました。「お母様が自分で選びエンディングノートに張り付けた理由は、この写真をどうしても使って欲しいというメッセージではないでしょうか。祭壇にはこのお写真を飾り、焼香台の上には近年のお写真を飾りましょう。そうすれば、ご焼香に参列された皆様のご理解も得られると思います」
ご家族は顔を見合わせ少し考えました。その後笑顔になり使ってあげようと結論が出ました。祭壇に若いお姿の写真と焼香台に近年のお姿の、遺影が飾られました。


開式前に司会者がアナウンスを始めます。「ご多忙の所ご弔問を頂き感謝いたします。祭壇の写真をご覧になり違和感を抱かれた方もおられると思います。このお写真は故人がどうしても飾って欲しいと選ばれた一枚です。人生で一番輝いていたお姿で、皆様にお別れをしたかった故人の思いを汲んでいただけたら幸いです」


ご友人方が座っているお席から、遠慮したような拍手がパチパチと聞こえました。見る間に弔問の全員から納得の拍手になりました。
「知り合った時はもうお婆ちゃんだったけれど、こんな可愛らしい時もあったのね。素敵な写真にお別れが出来て嬉しいわ。とても良い写真に出会えて幸せ」


喪主の大役を務めた娘さんの、少し照れくさそうな、それでいて嬉しげな表情が忘れられません。皆様も、人生で一番輝いた時の写真を遺影に使ってみませんか?

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