火葬前に抱いてあげたい
お手伝いがとても辛いお葬式があります。小さなお子様が旅立つ時間です。それも、まだ幼稚園や保育園の入学前に、亡くなってしまう小さな亡骸と対面した時は「なぜ、このような幼い子供が亡くなってしまうのだろう」と、死者に慣れた私でも理不尽を感じながら納棺に臨みます。悲しみをこらえながら自分の子供のお葬式の打ち合わせをするご両親のお気持ちを、はかり知ることは他の人には不可能だと思います。医学は格段に進みました。特に日本の病院とお医者様の技術は世界でも最高峰と言われるようです。しかし、まだまだ病気には勝てないのが現実です。
お迎えに伺った病室では、まだ看護師さんがエンゼルケアの処置をされていました。小さな身体についているチューブや検査のための医療器具を静かに外していました。手術の後でしょうか、胸からお腹まで一直線の跡が痛々しく見えました。お湯で濡らしたガーゼで小さい身体を拭っている看護師さんの目から涙がポタポタこぼれていました。数多くのエンゼルケアの場面に立ち会いましたが、看護師さんが涙を流す姿を見たのは初めての経験でした。担当と思われるお医者さんが深々と頭を下げています。「力及ばず残念です」母親が答えています「本当は生まれもすぐ死ぬところだったのに、ここまで生かせていただきました。ありがとうございました」詳しいことは聞きませんでしたが、どうやら生まれた直後から、ほとんど生きられない状態だったのかもしれません。五体満足で生まれるのは奇跡なのです。
いつも通り病室にストレッチャーを持って入ったのですが、看護師さんから母親にタオルで包まれた亡骸が渡され、抱っこしたまま病院を出発しました。たくさんの看護師さんとお医者さんがナースセンターの前に並び、お見送りに出ていました。
小さい身体を納棺する時は気を付けることがあります。ドライアイスの量とあて方です。脂肪の無い身体はドライアイスを直接あてると真冬のエベレストの遭難者のようにカチカチに凍り付きます。下手をするとポキン折れてしまう状態になりかねないのです。今回の納棺も注意して行いましたが、最後まで気になってはいました。
家族で一晩を過ごし、そろそろ火葬場に向かう時間になりました。棺を覗き込んでした母親がこちらを向きました。そして
「火葬炉に入れる前に、抱いてあげたい」
一瞬、困ったなと思いました。もしかしたら死後硬直とドライアイスの氷結でカチンカチンの状態だろうと思ったのです。静かに棺桶から出して、恐る恐る、小さな身体の、肩、肘、手先をゆっくり曲げてみます。足も硬直をとくようにさすってみます。思ったより柔らかい感触に「助かった」と安堵しました。
ゆっくりと母親に渡します。
「抱きついてきた」
嬉しそうな声に聞こえました。
火葬炉の扉が閉まる前に、小さな声でつぶやいたのが耳に入りました。
「〇〇ちゃん、母にしてくれてありがとう」