おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

火葬後の灰の中から指輪

火葬炉の扉が静かに閉まります。しばらくすると「ゴォー」と音が聞こえてきます。
炉の中の紅蓮の炎で仏様が旅立ちます。この時間帯は葬儀屋にとって、少しホッとできる時間なのです。お迎え、納棺、通夜、告別式、出棺、と緊張した時間が続き、やっと火葬炉に納めます。90分程の焼き上がりを待つだけの時間です。喪家様方は控室にてお茶とお菓子で故人の思い出を談笑中のはずでした。


「葬儀屋さん、火葬炉の扉を開けてくれ」
血相を変えた喪主様が私に向かってきました。これは不可能な相談です。
「妻の指輪が棺桶の中にあるはずだ」


今、火葬炉の中は900~1200度の高温です。金の融点は約1000度、当然溶けている頃です。燃焼中の炉は冷却するまで物理的に開けることが出来ません。


無理な相談だと思いましたが、一応お話しだけは伺うことにしました。指輪は喪主の母親(今まさに燃えつつある故人です)から喪主の妻がお祝いに受け継いだものでした。サイズが大きかったが、今日は供養の為につけてきた金のデザインリングとの事。
お茶を配っている最中に気づき、急いで周りを探したが見つからず、思い当たったのが、出棺のお別れ時に棺桶にお花を入れる際に、指から落ちたと思われると。


「いくら金属と言っても、火葬炉の中では原型をとどめていません。骨上げの時に灰の中から探しても、細かくなっているかお骨に付着していますから、取り戻すことは出来ません」


ところで、皆様は火葬炉を運営する自治体が、骨上げ後の灰の中に残る貴金属を売却して収益を得ているお話はご存じですか?人体には金、銀、プラチナ、パラジウムなどの貴金属が多く使われています。火葬後の灰には貴金属の燃え残りが微量に含まれており、精錬会社などに残骨灰を売却して利益を得ているのです。すぐ思い当たるのは歯の治療の貴金属です。その他に人工関節などに使われるチタンがあります。過去ブログでも「これは息子の骨です」で、火葬後に出てきた身体の金属について触れています。
ご遺体の納棺時に金属類は納めることが出来ません。ですから結婚指輪なども出来るだけ外すようにはしています。しかし指に食い込んでいて外すには指を傷つけてしまう場合には、「極楽に持って行ってください」と、そのままにします。火葬後の残骨灰に含まれる貴金属は非常に多いのです。


この後、骨上げの時、探しましたが指輪は跡形もありませんでした。お見送りの時に、喪主様のお姉さまが近づいてきました。独身で女医ですと打ち合わせの時に紹介されました。喪主の妻にとっては小姑になります。


「葬儀屋さん、大騒ぎして迷惑をかけたわね。あの人、母が大事にしていたダイヤの指輪も、ちゃっかり形見分けで貰っているのよ。私が、狙っていたのに残念だわ」


これ以上、指輪のごたごたはこりごりです。

×

非ログインユーザーとして返信する