お別れの場でハイタッチ
お布団に安置しているご遺体を棺桶に移す儀式が納棺式です。棺に入った故人は家族が選んだ衣装をお召しです。お身体の周りには生前好きだった物や旅立ちに持たせたい物を副葬品として添えられます。納棺式の終わりに、ご家族には、お棺の周りに集まってもらいます。お蓋を閉じる前にお別れのお時間をお取りするのです。この時間は、ご遺族が故人の手やお顔に触れられる大事な時間でもあるのです。
故人は小さい頃からサッカー少年でした。小学生から地元のサッカーチームで活躍し、高校ではインターハイの選手に選抜され、大学ではプロのスカウトも見に来たそうです。本人もプロを目指した時もありましたが怪我で断念しました。自営業の家業を継いでからは、傍らで地元の少年サッカーチームの監督を長年勤めました。子供達も全員サッカーチームの部員として父親の元で活躍しました。毎日着ていたサッカーユニフォームとジャージを着せて、愛用のボールを一緒に納棺しました。
棺の中のお顔を見ていた娘さんが「うちはお父さんとの挨拶代わりのハイタッチをするのがいつもの約束だったわね」と呟きました。それぞれのご家庭にはそれぞれのお約束があるように思います。頑張った時にお父さんが頭を撫でてくれるとか、テストで良い点数を取ったら、オコズカイが少し上がるとか、入学や卒業時に子供達がリクエストした好きな食事をお母さんが作ってくれるとか、日々の暮らしの中で何度も繰り返されていく「家族の約束」を想い出された方も多いと思います。
奥様が「あれはお父さんの愛情表現よ、口が重たく「おはよう」「おやすみ」が出なかった父親が子供の挨拶に考えだしたのが、小さい頃から試合で使っていたハイタッチなのよ」と答えました。あまり感情を表に出す事が無かったお父さんは子供達が寝る前に「オイッ」と呼びハイタッチをしたのです。「お父さんとハイタッチするとなにか安心できた」と話されました。
思い出話は続いていきます。感情表現が下手だったお父さんも、お爺ちゃんになってからは、まるで人が変わったようになりました。孫がヨチヨチ歩けるようになったら「すごいな」とハイタッチ。「ジージ」と言えたら「なんだ」とハイタッチ。
「お父さん、最後にもう一回だけ」そう言って娘さんがお父さんの身体の横に置かれた手を持ち上げてタッチをします。そして故人の手をそのまま支えて、お母さんの顔の前に上げてハイタッチの形をつくりました。「お母さんもお疲れ様でした」恥ずかしいという仕草でハイタッチをした後、お孫さんや娘さんのご主人も含め家族全員でハイタッチを交わしました。
告別式に監督を務めた地元の少年サッカーチームの全員がユニフォームを着て参列しています。出棺前のお別れの時に奥様が私に囁きました。「もう一度ハイタッチをさせてあげたい」お布団から右手を出し支えてあげました。勝利の時も敗戦の時も「お疲れ様」のハイタッチです。子供たちが一人ずつハイタッチをしていきます。ユニフォームの一団の後は子供たちを連れて来た親御さんが列を作りました。その方たちも感謝のハイタッチです。参列者全員が子供達にサッカーの楽しさを教えてくれた故人に感謝して故人の右手に自分の手を合わせています。
お蓋を閉める前に故人の手をもう一度胸の前で組ませました。冷たい手が皆様とのハイタッチで暖かくなっていました。人生の大半をサッカーチームの監督として過ごし、サッカーの楽しさを多くの人に教えたサッカー爺さんが煙になった日でした。