この話貴方は信じますか
怖い話を好きな方がいます。葬儀会館も魔訶不思議な現象が起こる場所と言われます。「葬儀屋さんは幽霊を見ますか」と真顔で質問されたこともあります。おかしな噂が出ては困りますから即座に否定しました。それでも「何かが居るかもしれない」と思いあたる事はあります。参列者が帰り誰もいなくなったお通夜の深夜です。ガランとしたホールの祭壇前に棺だけが置いてあります。照明を少し暗くする時に、私は小さな声で話しかけます。
「お疲れ様でした。納棺と通夜にご満足いただけましたか、明日もよろしくお願いします」
すると、祭壇に灯っている2本のロウソクの炎が一瞬揺らめくのを見るのです。
あるお通夜の出来事です。参列者全員が押し黙り、会場内にはお坊様の読経の声だけが朗々と響きます。通夜式も佳境を迎えているタイミングで、最前列の家族席から突然大きな声が聞こえました。
「お婆ちゃんあそこにいるよ」
やっとおしゃべりが出来るようになった、保育園に入園するには少し早い、小さな参列者が喪服の奥様に抱かれて座っていました。ビックリした母親がたしなめるように叱ります。
「そうね、お婆ちゃんはあそこの木の箱に寝ているのよ。もう少しだから静かにね」
「箱には居ないよ、あそこの天井の所で笑っているよ」
そして指先を上げて上を指しました。読経以外は静まり返ったホールに小さい子供の高い声はよく響きます。さすがにお坊さんの耳にも入ったようで、読経が突然止まりました。いきさつを聞いていた参列者がざわめきます。中腰で立ち上がろうとする人も見られます。
「馬鹿な事言わないで。皆様どうもすみません。お願いだから静かにしようね」
母親は突然のハプニングを必死で納めようとします。止まった読経が再開されました。
幽体離脱という現象を真面目に研究する科学があります。一度死んだと言われた人が蘇生した時に「ベッドで寝ている自分を天井から見ていた」と話すインタビューもあります。霊媒師と呼ばれる人が、このようなことを言っていた番組を見たことがあります。
「お葬式では、亡くなった方はまだ自分が死んだことをうまく理解できていません。そうなると霊体と言われる魂は、棺桶の中の自分の身体に重なるようにして寝ているのです。そのうち、これは自分のお葬式で自分は死んだようだと、状況が把握できると少しずつ冷たい身体から離れていきます。そして天井あたりで遺族や集まってくれた参列者の様子をじっと見守っています。皆様にお別れをして火葬炉に入ると、身体という拠り所が無くなり、やむなく旅立つのです。ですから亡くなった方には火葬される前に、たくさん話しかけてください。故人は皆様の声を近くでしっかりと聞いています」
こうなると小さな遺族だけに、はっきりと見えていたお婆ちゃんの霊体は実在していたことになります。昔から続いてきた、お葬式と言うイベントの流れは、意味があるのです。納棺式、通夜式、告別式と言う時間は、故人がお別れを皆様に伝える大事な場面なのです。
「信じるか信じないかはあなた次第です」のフレーズはオカルト特集や恐怖映像の番組でよく使われます。私は、お婆ちゃんはお別れを言う為に姿を見せたと信じています。