白装束の着せ方は左前で
90歳を超えた大往生のお婆ちゃんの納棺式を始めました。白装束の旅支度を着せていきます。興味津々で見つめていた女子大生が背後から話しかけてきました。故人のひ孫さんに当たります。お話の内容が先日仲間の女の子たちで温泉旅行に行った時の出来事でした。浴衣を着た時にお部屋についていた仲居さんから「合わせが左前ですよ」と注意されたそうです。その時に初めて左前は死者の着物の着せ方だと知ったとのことでした。
「葬儀屋さんが、これからお婆ちゃんに着せる着物が、左前の着せ方になるのでしょう」「はい、日本の着物は前合わせが「右前」となるように着るのが正しい着方です。右側の身ごろから先に身体に合わせ、その上に左側の身ごろを合わせるのが右前の着方です。しかし、亡くなった方に着物を着せる時は現世と死後の世界を区別するために 左前で着用させます。左前の「前」とは先と言う意味です。つまり左を先に合わせる着方を指します」
相手から見ると左の衽(おくみ)を上に出して和服を着せるのが死者の着せ方です。普通の着方と反対になります。ただし、女性の洋服類は左前に仕立てていますから、若い方には間違えて洋服と着るように、着物や浴衣を着てしまう方が多いと聞きます。
亡くなった人に着せる着物を経帷子(きょうかたびら)とか死装束(しにしょうぞく)と言います。死装束を左前にする由来には、魔除けのために普段とは逆のことを行なう逆さ事の一つとの説が有力です。その他の説では、死者が三途の川を渡る時に出会う奪衣婆(だつえば)と言う衣服をはぎ取る鬼がいます。わざと左前に着て鬼に簡単に衣服を取られないようにするおまじないだ、という言い伝えがあります。昔の高貴な人は左前に着ていたと言う伝説もあり故人を仏様としてあがめるために、白装束は左前に着せるようにしたとも言われています。
男性が浴衣を間違えないのは普段の洋服が右前になっているからです。女性の洋服は左前になっていますから、どうしても若い女性は間違えやすくなります。旅館で浴衣を着る時に、間違えて左前に着て恥ずかしい思いをしないために、着物の右前の着方を簡単に思い出せるコツがあります。
女性は着物を着る時は洋服の逆に合わせると覚えてください。相手から見ると衿元が「y」の形をしています。大概の着物の柄は鮮やかな方が上側になります。襟元に柄のある着物は上側の柄が下側の柄より鮮やかなケースが多いため、上にするのはどちらかが判別しやすくなっています。一番解りやすいのが右手を衿元に入れやすいのが右前の着方です。胸元にお財布とか懐紙を入れておき、直ぐ右手で取り出せるのです。
前合わせを綺麗に着こなすコツもあります。着物の前合わせは、着物の下前(自分から見て右側)を少し持ち上げ、背縫いを背中の真ん中に合わせてください。長襦袢の合わせ方も同様にします。着物の下前を少し持ち上げて裾をやや短くして合わせ、上前を被せるように合わせます。こうすることで裾から下前が見えず、裾も広がらずに綺麗に着こなせます。最後に姿見で、着物の背縫いが背中の中心を通っているか確認します。
極楽に旅立つための白装束の着せ方も、襟元と袖口、そして足元の着物が綺麗に整えられていると、上手な着こなしに見えるのです。
普段着物を着慣れない方は浴衣などで「右、左、どっちだったかな」と迷うこともある様です。まだまだ寿命の長い貴方です。浴衣を左前に着付けるのは早すぎますよ。