おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

ドラマを見る夫婦の別れ

葬儀屋は連日「夫婦の別れ」「親子の別れ」を目の当たりにする仕事です。毎回その場にはドラマが起こります。夫婦とは、婚姻届けを出した瞬間から、必ずどちらかが相手を見送る宿命を負います。妻を送り出す夫は、喪主と言うプライドもありお葬式の間だけはしっかりとしていますが、その後はボロボロになり壊れていきます。男は弱い生き物です。反対に、夫を送り出す妻は、葬儀が終わると、どなたも生き生きとして必ず美しくなります。


夫を送り出す妻が喪主をつとめる割合は約半数です。喪主は男性が良いとの慣習もあり、ご子息が喪主になることも多いのです。そうなると残された妻は目立たないようにします。


高齢化が進み夫の介護をする妻も多くなりました。お葬式は本音が聞こえてくる場でもあります。介護生活で下の世話が長く続いたとか、認知症が進み手を上げられたとか、顔もわからないほどボケが進んだのに「胃ろう」で生き続けたなどの経過をたどった末のお葬式では、聞きたくない言葉も耳に入ります。「やっと楽になった」「せいせいした」「もう顔も見たくない」「お金がすっかり無くなった」こんなことを言われたら、旅立つ夫は棺桶の中でゆっくり寝てはいられません。


美味しいお総菜で人気の商店を経営されていたご夫婦のご主人が亡くなりました。お子様は授かりませんでした。お付き合いも多岐にわたり、たくさんの参列者が葬儀に集まりました。喪主をつとめた気丈な奥様は、悲しみにもめげず、しっかりしたと打合せを済まし、各方面への気配りもあり、お通夜も葬儀も滞りなく進行していきました。


出棺の時間です。お花で埋めた棺桶の傍で蓋を手にした私は喪主様に近づきました。
「最後のお別れとなります、どうぞお近くへ、お顔をよくご覧になってください」
奥様が小さな声で私に尋ねてきました。


「これで、本当に、最後なのですね」
「はい。お棺を閉じます」


覚悟を決めたかのように柩に歩みよった奥様は、そのまま眠るご主人の上に覆いかぶさるように顔を近づけました。そして、冷たい唇に口づけをされました。


「ありがとう、ほんとに私、幸せでした」


夫婦のキスを目の当たりにした葬儀会場の全員が驚きで息を呑み、静けさが広がりました。見てはいけないもの見てしまったような雰囲気が会場内に漂いました。


その後の奥様は何事もなく、しっかりとしたご挨拶があり、出棺、骨上げ、法要、そして支払いまできっちり済ませてお帰りになりました。


私は、帰宅したら、妻に話してみようかと考えましたが、やめました。聞かなくても答えは解かっています。


「私は、絶対にいたしません!」

×

非ログインユーザーとして返信する