おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

私の夫は風になりました

少し前に「千の風になって」が大ヒットした頃、我々葬儀関係者はとても心配しました。特に墓地販売、墓石販売、霊園関係者は死活問題だと大騒ぎになったと聞いています。葬儀会館でも出棺前のBGMで流すのは、さすがにためらいました。お寺様も「とんでもない歌だ」と憤慨されたと噂になりました。


「私のお墓の前で 泣かないでください。 そこに私はいません 眠ってなんかいません。千の風になって あの大きな空を吹きわたっています」


これではお墓の意義が否定されてしまいます。お墓の最大の役割は遺骨を埋葬する場所です。人間の骨はゴミとして処理をするとか、墓地以外の適当なところに埋めると犯罪になります。墓地埋葬法という立派な法律まであるのです。
お墓の意義はそれだけではありません。多くの人は夏休みや正月休みには、お墓のある実家に帰ることでしょう。又、受験や就職等でお墓に合格のお願いに行き、結婚や子供の誕生をお墓の前で報告をした想い出もあるでしょう。
お墓とは埋葬の場所以外にも、先祖と自分を繋ぎ、心のよりどころの場所でもあるのです。


「秋には光になって 畑にふりそそぐ 冬はダイヤのようにきらめく雪になる 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる 夜は星になって あなたを見守る」


奥様は一枚のCDを差し出しました。


「これで主人を送りたいので、ながしてください」


末期がんで病院ではもう治療できないと言われ自宅への一時帰宅が認められた日でした。
本人も家族も、全員が自宅で最期をと、覚悟しての帰宅でした。
帰りの介護タクシーの中でカーラジオから流れたのが、この曲でした。


ご主人はこう言ったそうです。


「この歌の通りになれるなら、死ぬのもこわくないな。亡くなった後も、愛する家族のそばにいられるな、そう思えば、死ぬ恐怖がなくなったな、皆との別れも寂しくないな」


静かに死を迎えようとしているご主人の言葉を聞いて、奥様は確信したそうです。


「主人の魂はきっと風になる。そしていつでも私達のそばにいる。朝は鳥になり、夜は星になる。私たちをずっと見守ってくれる。旅立ちの時には、必ずこの曲で見送りたい。」


自宅に戻って二日後ご主人は風になりました。安心した安らかなお顔で旅立ったそうです。
出棺前の数時間を家族は棺の周りで過ごしました。館内にはボリュームを抑えた「千の風になって」が、エンドレスで流れました。


「千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています」


後日、お宅に伺ったときに ベランダに揺れる風鈴を見つけました。

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