棺に叫ぶ言葉はお母さん
玄関ホールに霊柩車が横付けされて後部の扉が開いています。間もなく出棺になります。参列者皆様の手で、故人が横たわった棺の中に別れのお花が山ほどに入れられています。近づいてきたスタッフが「そろそろお棺の蓋を閉めさせていただきます」と喪主様に声をかけます。喪主様が最期に故人にかける言葉は色々ですが、母親を送る息子は必ず囁きかける言葉があります。それが「お母さん」なのです。
母親の呼び方には色々とあります。「おかあさん」「おっかあ」「かあさん」といった一般的なものから、子供時代によく使う「ママ」「かあちゃん」「マミー」、大人になると「はは」「おふくろ」「かかさん」なども使います。親しみを込めた呼び方の「おかん」も関西ではよく聞きます。近頃は名前で呼ぶ人も増えています。
50代の喪主様でした。いろいろあって独身だと聞きました。高齢の母親との生活が長かったのです「おふくろ、よく頑張ったね。大変やったね。もうきつくないからね。おつかれさま。いろいろとありがとう」と、落ち着いて声をかけていたので、何事もなく出棺できると安心していました。ところがお棺の蓋を閉めようとした時に急に「お母さん」と叫び始めました。棺の中に屈み込みご遺体を抱えだして抱きしめようとします。「お母さん」と言ってしまったことで今までこらえていた気持ちがあふれ出たようです。周りの親戚からなだめられて落ち着くまで時間がかかりました。
後で「なぜかその瞬間涙があふれて止まらなくなった」と話されました。最後に言い慣れた「お母さん」と口にしたことで、幼少期からの記憶がよみがえり「もう母と呼べる人はいないのだ」と実感して気持ちを抑えられなかったようです。
息子と母親の関係は特別です。娘と母親の関係とは違うように感じます。娘と母は「友人や仲良し」の関係になります。息子は母親への依存が強い幼少期から、自立しようと衝突も起こる思春期、そして青年期以降に母親からの愛情と過干渉になりすぎると依存関係が強まります。成熟した関係性になるには父親や周囲の人々との協力と母親自身が意識を変えていくことが大切です。母親が息子への過度の期待を押し付けないとか「お母さんの夢」を息子に背負わせたりしない事が重要です。一人前の大人として尊重し対等な関係を築く意識を持ち、母親自身の人生を充実させることで息子への依存から脱して健全な親子関係を築くことが出来るのです。
母親の死は息子に深い喪失感を与えます。「母ロス」といった言葉もあるようです。ショックが大きい場合は心理的影響で無気力うつ症状睡眠障害などが現れます。
話は変わりますが、母と息子の強固な結びつきと「オレオレ詐欺」は繋がるそうです。オレオレ詐欺は日本特有の犯罪です。そしてほとんどの場合、電話をかけてくるのは息子役の男です。娘役はいません。そして被害者はお婆ちゃんです。そこから見えてくるのは「息子のためなら、なけなしの金をだしても構わない」という母親の心理です。オレオレ詐欺は母親と息子の強い関係性から出来る犯罪なのです。
今日本ではシングルの母親と結婚しない息子が増えています。母と息子の密着度が高まって「共依存関係」になるという現象はこれからも増えるでしょう。出棺時に棺に「お母さん」と呼びかけ半狂乱になる中年男性は、これからも増えそうです。