ご遺体の無いお葬式です
参列者が焼香を捧げている祭壇には棺桶がありません。通常なら告別式の後は出棺になり、火葬場に向かうのですが今回は火葬炉の予約はしていません。そもそも棺桶に入れる死体が無いのです。「遺体が無い」状態でお葬式を行うのが可能なのかと疑問を持たれる方もいると思います。お葬式は死体が無くても出来るのです。
亡くなったと見なされた方は2年前に漁船で沖に出て、僚船が見つけた時には船内は無人でした。一人で漁の最中に誤って転落し行方不明になったのです。当然、懸命な捜索が行われましたがご遺体は見つかりませんでした。2年が過ぎ残された家族は保険の申請の為に、やむなく「認定死亡」の手続きを取りました。そして今回お葬式をあげることを決めました。認定死亡とは遺体が見つからず医師が生死を確認できない時に、行政が死亡を認定する制度です。具体的には災害や事故に巻き込まれご遺体が見つからない時に行われます。行政機関に申請して、さまざまな状況から調査が行われ死亡したと判断するのが妥当な場合に認定されます。戸籍法89条にもとづく制度で、死亡が認定されると戸籍に「死亡」と記載されます。
認定死亡の制度が設けられているのは、相続などの手続きを滞りなく進められるようにするためです。生存しているのか死亡しているのかわからない状態だと、死亡後の法的手続きが進みません。遺体がない行方不明者の場合、家族がお葬式を行うかどうかは考え方次第です。ですが、故人をしっかりと送り出してあげたい、自分たちの気持ちに区切りをつけたいという理由から「ご遺体の無いお葬式」を希望するご遺族は多いのです。
ご遺体がない状態でのお葬式は火葬が執り行われないことを除けば、通常と同様に進行します。遺影の飾られた祭壇が組まれお寺様が呼ばれました。読経が行なわれ参列者の焼香が続きます。告別式の最期に骨壺が用意されました。しかし、認定死亡でご遺体が見つからない場合は当然ですが骨壺の入れるご遺骨もないのです。
皆様の手で用意された故人の思い出の品が、遺骨の代わりに骨壺に納められました。釣り針、見つかった船に残された網の一部、煙草、お酒、家族の写真などが見て取れました。お線香の香りが漂う会場です。参列者の前に進んだお坊様が静かにお話を始めました。手には心を込めて書き込んだご位牌が握られています。
「この目の前にある骨壺にはご遺骨が入っていません。私は、仏様の供養には納めるものが骨である必要はないと思います。ご供養で大切なのは、遺骨ではなく、故人に対する想いなのです。遺骨だけに故人の魂が宿っているわけではありません。ご家族の皆様と参列の皆さんにお伝えしたいのは、ご遺体が見つからなくても、お骨が入らなくても、お供養は出来るのです。大切なのは故人への想いであります。皆様の「供養をしたい」と思う気持ちこそが仏様への一番のご供養なのです」
過去の大地震、大津波も行方不明者が多数出ています。近年の洪水や北の海での沈没も、ご遺体が未だに見つからないようです。今回の仏様も残念ながら、お身体が見つかりませんでした。棺桶の中にご遺体が無く、骨壺にお骨が入らないお葬式をされるご遺族はいるのです。残された人々の故人へ感謝と敬う気持ちが大事なのです。その考えが「お葬式の原点」なのだと、気づかされました。