おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

眠れる森の美女の旅立ち

喪主様が「どうしても、勘弁してやってください」とお願いをしてきました。「亡くなった妻は閉所恐怖症でした。お願いだから棺桶には入れないでください」これは難しいお願いです。正直「どうしようか」と困惑しました。閉所恐怖症とは、狭い空間や密閉された場所に置かれると強い恐怖感を抱く不安障害の一種です。エレベーター、地下室、トンネル、飛行機の機内等の場所で、強い不安を感じて動悸息切れ、呼吸困難などの症状が現れます。入院中の病院のMRIスキャナー検査では、狭いところに閉じ込められる恐怖から途中でパニックになって中断してもらった経験があるとも聞きました。社会生活に支障をきたす場合もある症状なのです。


皆様は棺桶に入った経験はお持ちですか?葬儀会館の見学会で行なうイベントがあります。入棺体験です。生きているうちに死体が入る棺桶に入ってみることです。これが結構人気があります。皆様からは「窮屈だけど寝心地は良い」「意外と落ち着きました」「お布団が柔らかく気持ちが良い」などの声を聞きます。居心地が良い意見には納得します。棺桶の内部は死後の腐敗が進むご遺体を傷つけない様に、柔らかい素材の生地が貼られていますしクッション性も優れています。「あらためて生まれたようだ」「よみがえり感が味わえた」「本当に良い体験が出来た」「生まれ変わった気持ちになる」と感激する方もいます。


ほとんどの方は棺桶に入るのは初めての経験です。中には元気よく入っても、蓋を締められると、不安のあまり途中で苦しくなったり怖くなったりする人も出てきます。もちろん、直ぐに助け出しますから、興味のある方は安心して体験してみてください。


もちろん私は入ったことがあります。新製品は必ず試します。中で横になってみると足は楽に延ばせますが横幅が狭くて肩が窮屈です。葬儀屋が納棺時に遺体の両手を組ませるのは狭い棺桶にスムーズに入れるようにするためです。蓋を閉めると圧迫感も感じます。大きな蓋で塞がれて周りが真っ暗になるは結構恐ろしい感覚です。納棺時に周りを囲むご家族やご親戚が「試しに入ってみてもいいですか」とリクエストされることもあります。テレビで入棺体験が紹介された番組を見たそうです。「生きているうちに棺に入ると長生きする」との言い伝えがあると言われました。

ギリギリ火葬場に運ぶ時まで納棺をしませんと伝えました。通常は納棺を済ませた棺桶を安置する台の上にそのままお布団を敷いて寝かせます。息子さん家族を呼び、皆様の手で旅立ったお母さんの周りのオアシスにお花を飾り付けてもらいました。白、赤、黄色、ピンク、ブルーと色とりどりの花を用意し自由に刺してもらいます。お布団の周りをお花で飾られて横たわる女性は、まるで、ディズニーの映画に出てくる「眠れる森の美女」のようです。

約二日間をこのままで過ごし、火葬場へ向かう時間が近付いた時点で「ゴメンナサイ、少し我慢してください」と声をかけ、納棺しました。もちろん、蓋は開けたままです。火葬炉に入れる直前まで蓋は締めずに置きました。蓋を閉めても、お顔の窓は開けたままで火葬炉に入っていきました。

喪主様が「我儘を聞いてくれてありがとう」と呟きました。ご家族も「じかにお顔を見ながらおくって、本当に良かった」の声が上がりました。私も「個人的には早々と棺桶に入れるより寝姿を最後まで見るのも良いような気がする」と感じました。
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