おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

固く抱かれたヌイグルミ

病院へお迎えにあがりました。ベッドの上に白いハンカチをお顔にかけている可愛いお婆ちゃんが休まれていました。膨らんだお布団をめくると胸元にしっかりと抱かれている赤ちゃん程の大きさのヌイグルミが見えました。外そうと手を伸ばしましたが思ったより硬く抱かれています。一瞬「なぜ、エンゼルケアの時に看護師さんは取らなかったのだろう、困ったな、硬直が進むと苦労しそうだな」と頭をよぎりました。ご自宅に安置してから外そうと思いなおしてストレッチャーに移します。


死亡してから2時間程経過すると身体の中では生きているときには起こらない化学反応が起きます。全身の関節が固まり筋肉が硬直します。死後の筋肉細胞のカルシウムイオン濃度の上昇に伴って生じるこの現象を「死後硬直」といいます。一番初めに硬直するのは顎関節です。そこから順番に身体中が硬直し始め8時間ほど経つと手足の先まで硬直します。さらに10時間経つと硬直のピークに達します。


死後硬直より厄介なのが拘縮(こうしゅく)です。拘縮とは長時間の寝たきりなどの原因によって筋肉や関節の動きが制限されて動かない状態が続くことで固くかたまる身体の変化です。介護生活が長くなり自分で動けなくなる高齢者は腰が曲がったり足が曲がったりする「寝たきりでおこる拘縮」を良く見受けます。拘縮には種類がありますが、介護の現場で目にするのは筋性拘縮と神経性拘縮がほとんどです。


死後硬直は時間がたてば緩みますが拘縮は死後も続きます。そして簡単には治りません。中には腰が「くの字」に曲がり棺桶に入らなかったり、足の膝を立てた状態で固まっていたりする身体もあります。このような場合は少々乱暴ですが、力をかけて真っ直ぐになおします。「ボキ」とか「グキ」とゾッとする音が鳴ります。思わず「ゴメンナサイ」と謝ります。もちろん家族には見せたくはないので「オムツを着替えさせますから、その間、皆様は死亡届を記入してください、遺影写真を探してください」などと伝えて離れてもらい、その一瞬の空きに行う事が多いのです。


ヌイグルミをかかえたお婆ちゃんの納棺式が始まります。硬直も緩んでいるだろうと思い、外そうと手をかけました。ところがビックリするほど固く抱きしめています。お婆ちゃんの遺志かもと気になりました。やむなく「無理にはずすと少し音がします。お許しください」と釘を刺して取り掛かります。家族が声を上げました。


「葬儀屋さん、そのままで旅立たせてください。看護師さんも外そうとしたけど無理でした。その時教えてくれたのです。『巡回の時、お婆ちゃんが夜の一人寝は寂しいと訴えたので、お孫さんが持って来たこのヌイグルミを抱かせてあげたの。そしたら、気に入って最後まで離そうとしなかった』なのでこのままでいいです」


「一人では死にたくない」との故人の思いでしょうか。固く抱きしめたヌイグルミはそのままにしました。お着替えの白装束はお身体の上にかけて納棺をしました。


火葬炉に入っていく棺桶を見送りました。帰宅してから一緒に火葬したヌイグルミが気になりました。そう言えば、かわいいと思いましたが何のヌイグルミか名前は何かを知らなかったのです。ネットで調べました。「シェリーメイ」と出てきました。

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