おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

愛する妻に捧げる自殺死

死因は縊死でした。首を吊る自殺です。まだ若い奥様が悲しみの表情を見せながら、喪主として、ご主人の葬儀の打合せに、しっかりとした口調で切り出しました。


「参列者は100名前後になります。自殺という最期でしたが、主人の決意を参列者に理解して欲しいのです。そして命や人生を見つめ直す機会にして欲しいのです」


通常、自殺死をした故人の葬儀は、ほとんど公にせず密葬にします。参列者を呼ぶ場合でも、死因は極力隠されます。一瞬私の顔に「大丈夫かな」の表情が浮かびました。
奥様も気がつかれたようで、目の前に一冊のノートを提示してきました。


「お葬式はこの、エンディングノートの通りに行ってください」


故人は不治の病にかかっていました。病名はALS(筋萎縮性側索硬化症)です。薬も治療法もなく、手の打ちようのない難病の一つです。身体の筋肉が衰えていきますが、意識は最後までしっかりとある、残酷な病気です。
個人的には、いくら難病にかかっても、自殺という選択は許されないと思います。ただ今回の病気が原因で、自殺の決意を固めるに至った、故人の心情を察すると、その思いが揺れるのです。


ご夫婦とも、会社の重要な職場を任され、仕事やお互いの趣味で多忙な毎日でした。お子様は授かりませんでしたが、周りがうらやむ幸せなご夫婦だったようです


細かく書かれたエンディングノートの通りにお葬儀が進行していきます。


香典は一切辞退、自分で選んだ遺影写真、豪華ではないがそれなりのお花で飾ってほしい、お世話になった参列者に感謝の気持ちの返礼品を用意する。そして皆様に私の気持ちを伝えてほしい。震える字で書かれたエンディングノートの記述を、司会者が一つ一つ読み上げていきます。


会社の上司、同僚、友人への感謝の言葉から始まり、両親への先立つことの許しを願い、親戚への挨拶をして、最後に奥様へ宛てたメッセージが読み上げられました。
それはほとんど遺書であり、故人の胸の内が語られていました。


「これ以上、動けなくなる自分を君に見せたくない。君には、元気で楽しく暮らした時の姿だけを記憶して欲しい。そして何より、君の人生を、僕の看病で過ごさせたくない。今まで数か月、僕の看病のせいで君の人生を奪ってしまった。これは私には何よりも耐えられない苦しみだ。


ここに参列した皆様にお願いがあります。私と妻との結婚生活は今日でピリオドを打ちました。妻はまだ若い。これからの人生を未亡人として、つまらない人生を送ることを、私は望まない。妻に新しい伴侶と、幸せな生活を送る権利を与えます。


ここに集った皆様でこれからの妻を応援してほしい。私が愛した妻が、これからも幸せに過ごしてくれることが、私の一番の願いです。どうぞよろしくお願いいたします。
本日のご参列、ありがとうございました。さようなら。」

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