おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

火葬場へ行く前の出来事

霊柩車の窓から見える歩道に一列に並んだ人波は、どこまでも続いていました。


故人の思い出の場所を通ってから、火葬場に行ってほしいとの希望は、たまにあります。 火葬炉に入れる時間が予約で決まっていますから、大回りで時間をかける余裕は、ほとんどありませんが、道順の途中でしたら、なるべく寄ってあげようと努力します。


亡くなったのは現役の高校の先生でした。癌の告知を受けてからも、最後まで教壇に立ち、病気も隠さず、生徒たちと真摯に向き合ったそうです。授業の他に生活指導や、進学指導、クラブ活動と、熱血教師のモデルのようだったと、助手席の奥様が話されました。万引きで捕まった生徒を引き取りに行ったのは、親ではなく先生だったそうです。


お通夜に、10名ほどの生徒さん達が参列しました。数人の生徒が帰り際に、私に声をかけてきました。明日の火葬場行く前に、学校の校門前を通過してほしいとの言付けです。遠回りにはならず、火葬場への道順の途中でしたので、火葬炉の予約時間から逆算して通過時間を教えました。


奥様には、生徒さんから言われたことは伏せて、明日、思い出の学校の前を通って火葬場に向かいましょうと提案をしました。


出発して、学校の校門まではまだ数百メートルもあるのに、道の片側に並んでいる人影が見えました。最初は、人気飲食店の列だろうと思っていましたが、並んでいる人々がどこまでも途切れません。急に気がつき、車のスピードを落としました。


奥様も、「生徒さんたちが並んでくれている」と気づかれました。


並んでいる人数は、一クラスの人数では足りません。一学年全部でもありません。多分、全校生徒が出てきています。生徒さん達以外にも、教職員、保護者、そして卒業した生徒さん方も集まっていたと思います。


校門が見えてきました。私は、お礼の代わりに霊柩車のホーンを長く鳴らしました。


すると、スルスルと横断幕が開きました。


「○○先生、ありがとうございました。先生の授業を受けたことは一生忘れません」


校門を過ぎても、人波は続きました。


助手席の奥様が、つぶやきました。


「主人は幸せな人生でした。こんなにたくさんの子供たちが送ってくれました」

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