願いは白いご飯を食べる
ご自宅に安置されたご遺体の枕元に一膳飯(いちぜんめし)が置かれます。一膳飯というのは亡くなった人にお供えするご飯のことです。お茶碗に山盛りに盛りつけて真ん中に箸を立てます。一杯飯(いっぱいめし)とか枕飯(まくらめし)とも呼ばれます。山盛りの白米ごはんを出すのは、この世に別れを告げて、あの世へと旅立つ死者への作法とされています。
一膳飯を作るときには2個の茶碗を用意すると便利です。それぞれの茶碗にご飯をよそって平らにならした後に2つを合わせると綺麗な形の一膳飯が簡単に完成します。ご飯を出すのは二度と戻らない相手との別れの席で行われる古くからの慣習です。昔は、お嫁入りの挨拶や戦争に出征の際にも行われていた作法でした。
一膳飯には「お別れの食事」という意味合いがあることから、この世で死者との決別の席として供されるのです。家庭で食事をとる際に、山盛りにご飯をよそうのは縁起が悪いと言われたことがある人はいませんか。盛ったご飯は死者を連想させるということから、食事の作法としては避けられます。同じくご飯を一膳で済ますのも良くないとされ、ひと口だけでも二膳目を食べるようにと、しつけされた家庭もありましたが、今は時代の流れですっかり無くなりました。
故人が生前使用していたお茶碗に山盛りご飯を盛って、その真ん中に箸をつきたてます。箸は歴史書の古事記にも登場するように、古くから日本人にとって生活に欠かせない道具であると同時に、呪術的な役割もあったようです。一膳飯に箸を立てる際には2本立てたり1本だけを立てたり、普通のお箸と竹の箸を1本ずつ立てたりと地方により違いがあります。箸を立てる理由には「どうぞ召してください」とか「他の人には与えない」という意味など諸説あります。語呂合わせで「この世とあの世の橋渡し」とも言われます。出棺の際には茶碗の中のご飯を半紙に包み棺の中に入れます。極楽までの長い旅の間にお腹を空かぬようお弁当を持たせるのです。
ご自宅の居間に横たわっていたのはまだ30代の若者でした。死亡診断書の病名は胃がんです。病気発見時にはもう全身に転移していました。両親に告げられた言葉は「余命、三ヶ月」必死の看病を行ないましたが、医者の宣告通りになりました。亡くなる一週間前に、半日の一時帰宅が許されたそうです。もう食べ物が喉を通らない状態でした。
「なにか、食べたいものは、お母さん張り切って作るから」 子供のころは手作りの餃子や唐揚げを山ほど平らげていたそうです。母親からの精いっぱいの応援です。この問いかけに、息子さんはこう答えたそうです。
「お袋が炊いてくれた茶碗いっぱいの白いご飯が食べたい」 残念ながら、ご飯は、かおりを、嗅ぐだけでした。それでも息子さんは笑顔で「うまい うまい」と答えたそうです。
顔に白い布をかけた枕元に、山盛りにした一膳飯を母親が置きました。布を静かにはずし、痩せこけた頬を撫でながら、父親が囁きかけます。「これで元気を出して、三途の川を渡ってくれよ」