おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

発声は乾杯ではなく献杯

「それでは故人を偲んでグラスを掲げたいと思います。献杯」


喪主様の発声があり、お斎(おとき)の席が始まります。お斎とはお葬式が終わった後の 会食のことを言います。由来は、斎食(さいじき)という仏教用語で、戒律に従った食事 の意味です。
地方によってはこの会食を「仕上げ膳」とか「直会」(なおらい)などと言います。


葬儀や法事の弔事では、会食の初めに故人に敬意を表し死を悼んで、杯を差し出す仕草の「献杯」(けんぱい)を行います。


この会食はお葬式の一連の行程です。お寺様や参列した方々への感謝を込めた席になりますし、遺族と参列者一同で故人を偲び供養するための行事でもあります。
大皿の通夜振る舞いとは違い、各人に仕出し弁当や懐石料理などを用意します。


会食の流れは、最初に火葬場から持ち帰った骨壺、位牌、写真を正面に安置します。
位牌の前に杯に入れたお酒を手向けます。次に列席者一同にお酒が行き渡るよう注いでいきます。


喪主様が挨拶します。


「本日はご多忙中のところ、葬儀にお集まり頂きましてありがとうございました。故人もさぞ喜んでくれていることと存じます。お蔭をもちまして葬儀も滞り無く済ませることができました。時間の許す限り皆さんと故人を偲びたいと思います」


故人との思い出などを話していきます。この間、他の列席者は料理に箸をつけず、耳を傾けています。最後に、位牌の横に置いてある故人の写真に向き合い、グラスを軽く上げて
「献杯」と発声します。他の列席者も声を静めて「献杯」と唱和します。


決してグラスを高く掲げたり、周囲の人のグラスとカチンと鳴らしたりしてはいけません。飲み干した後、拍手をするのもいけません。献杯ではお酒を飲み干す必要もありません。
献杯は乾杯ではないのです。


この「献杯」の発声が、最初に頭では理解していても、つい忘れてしまい、口を出るときは「乾杯」になってしまう喪主様が結構おられます。昨夜、挨拶文を一生懸命に考え、暗記し、間違えずに言え終えた安堵感と、これでお葬式の一連の行事の一段落という気持ちから、ついつい、いつもの癖で「乾杯」と発声するのです。


言ってから気づき大慌てで訂正する方や、周りが顔を見合わせたので、気がついて言い直す方が大半です。
本日の喪主様も、人生初めて経験する葬儀の喪主を、なんとかやり終え、ホッとしたのでしょう。控室から大きな声が聞こえました。


「それでは皆さん、乾杯、あ、間違えた、献杯」


写真になった母親が、息子の奮闘ぶりを、笑顔で見守っていました。

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