親子の介護は地獄になる
旅立つ人が望むのは「最後は自宅で死にたい」です。見送る家族の願いも「最後は自宅で旅立させたい」です。ところが、この願いはとても難しいのが現状です。長寿化が進む現代の日本において、介護はもはや一部の人だけの問題ではありません。誰にとっても明日の自分になり得るのです。「自分に介護が必要になったら、ある程度は子どもに面倒を見てもらいたい。家族だから、それが当然だと思っている」ほとんどの高齢者はそう考える人が多いのです。しかし子供に頼りすぎれば共倒れという厳しい現実が待っています。親子のお互いが長生きをした結果「老々介護の末に二人ともに倒れる」と言う言葉が生まれています。ある記事を見つけました。
「お父さん、正直もう無理だよ」娘の言葉を聞いて父親は呆然とします。10年前に妻を亡くし独居暮らしをしていましたが、家事も不慣れな父を心配して一人娘が実家に戻ってきました。未婚だったこともあり父親の力になりたいと一緒に暮らし始めたのです。当然、父は年金暮らしです。実家に帰ってきた娘は地元企業の事務員として勤務し始めました。一見幸せな父と娘の二人暮らしがスタートしました。可愛がってきた娘との二人暮らしの生活は何事もなく過ごしましたが日常が崩れたのは父が75歳の時でした。
自宅の玄関先で転倒して大腿骨を骨折し入院を余儀なくされたのです。退院できたものの歩行に杖が必要になり、階段の昇降や入浴の際には支えがないと不可能です。食事の準備や洗濯といった家事も難しくなると娘が仕事の合間に世話を焼く日々が始まりました。3ヵ月後区の地域包括支援センターを通じて要介護認定を申請すると結果は「要介護2」です。しかし訪問介護サービスやデイサービスの利用も検討しましたが、父は「娘がいるし、何かあっても助けてくれる。わざわざ知らない人に迷惑をかける必要なんてない」と拒んだのです。
娘は父の介護のためにフルタイムの事務職を辞め週4日のパート勤務に変更します。父の年金は月10万円、貯蓄は1,000万円ありましたが、バリアフリーのリフォーム費用や介護用品購入でアッという間に減少しました。先行きの不安から娘は外出も控え、友人と会う機会も激減。「父の世話をしなければ」「お金を無駄遣いしてはいけない」と自らの人生を切り詰めるような生活が続きました。そんなある日お風呂の介助中に転倒しそうになった父親が「ちゃんと支えてくれ」と語気を強めた時に、娘の口をついたのが「もう無理」という言葉だったのです。
「可愛い娘のためにできることは全部してきた。だから老後の介護は返してもらうのが当たり前」そんな思いが心のどこかにあった父は娘の疲れた表情と声に深く反省させられたのです。現実を受け止めた父は公的な介護サービスを使うことを決意します。年齢と共に身体の不自由さが増し要介護3に上がったこともあり、最終的には近隣の施設への入居が決まりました。その後、娘はフルタイムの仕事に復帰。会社帰りや休日には面会に来てくれます。介護が終わったわけではありませんがお互いが自立した生活を送れるスタイルになりました。
生命保険文化センターの調査によれば介護期間は平均5年1ヵ月です。高齢化社会で介護する側の心身の疲労、キャリアや収入の中断など家族間の介護は家族に重くのしかかる課題です。
「子どもに介護してもらって当然」という考えは本人だけでなく家族をも苦しめるのです。親の介護が「地獄」にならないよう、そして誰もが安心して老後を迎えられる社会の為に今から準備と理解が求められています。