アトリエで行なうお葬式
葬儀会館ホールの祭壇前に、棺桶に横たわっている故人様のアトリエを再現しました。長年使用していた手になじんだ絵画作業道具を並べました。デッサンで使用する木炭を始めとして、太い筆細い筆、キャンパスを立てかけるイーゼルと愛用の椅子、などを故人様のご家庭から運び入れてアトリエに見立てた空間に仕上げました。
そこに故人様が描き上げた沢山の作品と、家族やご友人との写真を並べ、訪れた参列者の方々に作品を充分にご覧いただきながら、故人を偲ぶ時間を作り上げました。故人は亡くなる前に
「今までの描いた絵は捨ててくれていいから、棺桶に入れて一緒に燃やしてくれてもいいから」
と遺言されていたようです。燃やしてしまうにはもったいないくらい見事で素敵な絵画がズラリと並んでいます。
納棺時に絵をいれることはあります。お孫さんが書いた「じいじ、ばあば、の絵」とか趣味で書いていた水彩画や自画像、他の人を描いた人物画などでした。昔からの言い伝えに「棺桶に自分以外の人の人物像の絵を入れるのはよくない」との言い伝えがあります。絵以外にも集合写真もよく入れられますが、故人以外に写っている人がいる写真はお勧めしません。まだ生きている人の絵や写真を火葬するのは「あの世に一緒に連れていかれてしまう」という迷信があるのです。
遺言で絵画を自分の棺に入れて火葬するのが、大きなニュースになったことがあります。時は数十年前、バブル時代は猛烈な勢いで海外の資産を買い漁ったジャパンマネーと話題になりました。その買いあさった一人が「大昭和製紙」の斉藤了英名誉会長(享年79)でした。彼の逸話に一枚数億円のルノワールやゴッホの作品を亡くなった時は『棺桶に入れて一緒に燃やしてくれ』がありました。傲岸不遜な「バブル男」とのイメージがすっかり定着してしまいましたが、彼は本当に名画を灰にしても良いと考えていたのか疑問です。死去後、遺言通りに高価なそして二度と手に入らない絵画が本当に棺桶に入れて燃やされてしまったのかは、私は知りません。
焼香台の脇に「お好きな絵がありましたら、どうぞお持ち帰り下さい」と喪主様からのメッセージが掲げられました。焼香する参列者の皆様の願いは「故人にあちらの世界でも大好きな絵を描き続けられますように」と祈っていたはずです。喪主様からはイーゼルスタンドに向かう故人様の背中が見えていたと思います。お帰りになる参列者の手には、気に入った絵が一枚、大事に持たれていました。
出棺前に棺の中には、故人様がこれからも描き続けることができるよう、皆様の手で木炭、筆、絵具、そしてまっさらな画用紙が入れられました。書き溜めた絵は一枚も入れられませんでした。
そういえば納棺の時、腕を組ませたら指の爪の間に、炭の粉や、絵具の色素がこびりついていました。綺麗にしようと触ってみましたが難しかったのを今思い出しています。
「あちらの世界でも筆を握るからいいんだよ」と声が聞こえてきました。