おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

世界一周旅行の旅立ちへ

「お互いの仕事が終わった定年後には、世界一周クルーズ船旅行に、絶対に行こうね」これが旅行好きの奥様の口癖でした。日本国内の有名な観光地は全て行ったと自慢するほど、旅行を楽しまれていました。しかし、飛行機が苦手で海外旅行には、なかなか行けていませんでした。ある時「これなら私も行ける!」と世界一周クルーズ船のパンフレットをもらってきたそうです。それからはご主人との会話はクルーズ船旅行の話ばかりになり、それはもう楽しそうに計画を練っていました。


クルーズ船とは旅行やレジャーを目的とした大型の客船のことです。世界各地の港を巡るコースや、特定の地域を巡るコースなど、様々な種類のクルーズがあります。近年、日本発着のクルーズも人気が高まっており、多様な船会社が様々なコースを提供しています。クルーズ船の魅力は、快適な船内施設と豪華な客室、そしてレストラン、プール、ジム、エンターテイメントなど様々な施設が充実しており、快適な船上生活が楽しめます。なによりも日常的な毎日を過ごしたり、非日常的な世界に浸かったりと自由に過ごせるのが魅力なのです。年齢や性別、国籍問わず幅広い客層が利用していますが、特にリタイアした老夫婦が目立つようです。飛鳥Ⅱ、飛鳥Ⅲ、にっぽん丸など日本船のクルーズも人気ですし、外国船のクルーズではダイヤモンド・プリンセス、MSCクルーズ、クイーンエリザベスなどもあります。


クモ膜下出血の突然の旅立ちでした。ご主人の一番の後悔は「妻の願っていた旅行に二度と連れていけなくなった」でした。喪主様なりに一晩中考えたのでしょう。納棺に伺いました。安らかなお顔で眠られている奥様の枕元に、立派な豪華客船の模型と世界一周旅行のパンフレットがたくさん置かれていました。


立派な模型が気になり、納棺後に会社に帰り調べてみると、木製模型 飛鳥Ⅱ、1/350スケール、全長 688mm、完成重量 1,350gと判明しました。キットの材料から作り始めると何時間も掛けて模型にするようですが、多分完成模型を手に入れて間に合わせようと手配されたのだと思います。


豪華客船の模型と旅行代理店で集めてきた、たくさんのパンフレットを入れて納棺しました。もちろん、願いがかなわずに旅立った奥様が天国で夢を叶えてもらえるようにとのご主人様の願いも一緒に納めました。


「本当に、すまなっかったな、ゴメンな、これで、あちらの世界で楽しんでくれよ。おれも行ったら今度は一緒に旅をしような」


喪主様が棺桶の蓋を閉める前に涙を流しながら声をかけました。謝罪の言葉と立派な模型の納棺に、冷たくなった奥様のお顔がほころんだように感じました。今頃、極楽で豪華客船に乗って、夢の世界一周旅行を楽しんでいることでしょう。ゆくゆくはご主人と二人の旅行が叶いますようにと、願いながら、ご自宅をお暇しました。


ムラゴンの皆様、ご夫婦の願いはなるべく早くかなえましょうね。あとからの後悔は二度と先にたちませんよ。

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