おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

線香の煙は極楽へのナビ

葬儀会館には特有の匂いがあります。お線香の香りです。残り香が強く、電車内などで、 喪服の方とすれ違うと、ほのかの匂うこともあります。


この香りは杉の木の匂いです。仏壇に使うお線香の作り方は、杉の葉を乾燥させて粉にした原料に、水と糊を加えて練り棒状にします。杉のヤニにより煙が多く出るため、宗教的な行事に使われるようになりました。線香の煙が亡くなった人への食事だと考えられていることから、お供えを充分に与えようと煙の多いお線香が作られたのです。


しかし、最初に線香を焚くようになった理由は仏教的な意味ではありませんでした。使用目的は単純に死臭を消すためです。昔は現在のように亡くなった人に防腐処理などを施していなかったことから、死臭が出てしまい、それによって虫が集まりました。現在でも効果の一つとして、強い香りを充満させて、どうしても出てくる死臭を消したり、夏場などに集まる虫を除けたりします。


お葬式でお坊様が香炉に立てる、お線香の本数は宗派によって異なります。


浄土宗、臨済宗、曹洞宗、日蓮宗は線香の本数は1本です。修行や瞑想の時に香炉の真ん中に1本立てて、燃え尽きる時間を計っていたそうです。


天台宗、真言宗の本数は線香の本数は3本です。香炉の中で3本全てに火をつけ、自分側に 1本、仏壇側に残りの2本を立てて逆三角形になるようにします。
真言宗の教えでは、3本の理由を身と口と心の三か所を浄化して、仏・法・僧に捧げると説きます。1本目は亡くなった仏様へ、2本目は仏教の教えである法典に、3本目はその教えを奉じる僧侶へと言われています。


浄土真宗の場合は1本の線香を2つに折ります。2本の線香に火をつけたら、香炉に寝かせ、火がついている方を左にして置きます。灰の上に立てるのではなく、横に寝かせるのが浄土真宗の特徴です。


お通夜の時は、立てるお線香の数は1本だけにしてください。お線香の煙には、故人が極楽へ行くための道標になるという仏教の考え方があります。一度に何本も立てて、煙が何本も出ると故人が極楽へのルートを見失い道に迷ってしまうのです。
お通夜の夜に一晩中お線香を焚いておくことで、故人が迷わず天上へ行けるのです。
葬儀会館では通夜式が終わっても一筋の煙を絶やさないために、長時間燃え続ける渦巻き線香が利用されています。


お線香には白檀や伽羅などを原料とした高価な品や、甘いお花の香りや香料を入れて作るなどの新しい種類も増えており、部屋の臭い消しや芳香剤、ヒーリンググッズとしての使用方法も出てきています。


本日も通夜式が終わり静まり返った館内で、棺の前に置かれた香炉に1本のお線香が煙を上げています。まっすぐに天井に上る煙を目で追いながら、


「この煙をナビゲーションにして極楽を目指してください」


と、心を込めて手を合わせます。

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