お斎は亡き母の手作りで
お斎(おとき)とは、お通夜、告別式、法事などの仏事の後に行われる食事会を指す言葉です。地域によっては「出立ちの膳」と言って出棺前に振舞う食事を言います。通夜振る舞いや法要後の精進落としも「お清め」と呼ばれるお斎に含まれます。一般的には「おとき」と読みますが地域によっては「おとぎ」と濁って言います。
本来お斎とは「僧侶の食事」を指す言葉でした。仏教には「出家者は正午を過ぎてからは食事をしない」という戒律があります。斎の漢字には「つつしむ」という意味があります。仏教用語の斎食(さいじき)は、決まった時間にとる食事のことを指していますが、お葬式や法要を執り行った後の食事会という意味も含んでいます。
お斎は、喪主様から御経を読んでくれたご住職やお葬式に参列してくれた親戚や関係者に対する感謝の気持ちを表すための会食の席になります。会の進め方は喪主様より開式の挨拶、故人への献杯、その後食事をしながら故人の思い出話をして偲びます。会食の場所は一般的に、自宅や葬儀場などのホール、レストランや料亭などで行われます。以前は振舞われる食事は精進料理が定番でした。時代とともにお斎のスタイルは変化していて、現在は懐石料理や仕出し弁当が主流になっています。
仏教において故人を送る場での食事会は重要な場です。現世の人々の「善い行い」が故人の供養につながるといわれており、食事を振る舞うこともその一つだからです。そのためお斎の時間は故人の供養になるとされ偲ぶ時間として重要視されます。
今宵の棺桶に中で眠っているお婆ちゃんが倒れた場所は、家族のために毎日立っていた台所でした。その日は家族が大好きなカレーライスを作っていました。救急搬送をされた姿はまだエプロンをつけたままでした。愛情をこめて出来上がったカレーの調理を終えて、一息つこうとしたその瞬間に突然倒れたのです。動転した家族は、救急車を呼びます。直ぐに救命センターに運ばれましたが、残念ながらそのまま目を覚ますことはありませんでした。死因はくも膜下出血でした。
打ち合わせ時に喪主様から「お斎の席で母が最期に作ってくれたカレーライスを全員で食べたい」との申し出がありました。是非、故人が最後に作っていた料理を噛みしめて送りたいとの願いでした。食事を持ち込まれては、葬儀屋の儲けに一銭もなりませんが、皆様の想いも良く解かりました。「どうぞ、召しあがってください」
丁寧に準備された今は亡き母親の料理です。皆様の前にお皿が配られ用意が出来ました。お坊様も経緯を聞きカレーライスの食卓に着きました。「こんなに仏様の想いのこもった食事を頂けるのは『ご供養』に尽きます。ありがたくいただきます」
「いつもの味」「美味しい」「これがもう食べられなくなるのは悲しい」「亡くなった後も母の手料理を食べることができたのは一番の思い出」
そう語る家族の表情には、悲しみと共にお母さんへの深い感謝が感じられました。
「これからは、カレーライスを食べる度に母のお葬式を想い出すね」喪主様の言葉に皆様が頷きスプーンを口に運びます。棺の周りにカレーの香りが漂いました。