おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

亡くなった親の預金から

先日、お葬式を済まされた喪家様宅へ葬儀代金の集金に伺っています。請求書を確認した喪主様から「葬儀屋さん、忙しい時に悪いが少し待ってくれ、手元にある現金が足りないので、これから近くのATMに行って亡くなったオヤジの預金から下ろしてくるから」「解りました、お気をつけて行ってきてください」と答えました。

しかし、心の中で「これはやってはいけないことです。この行為は法律違反になる可能性があります。相続権を持つ親戚が気づくと大きなトラブルを引き起こす騒動になるかもしれません」と呟きました。もちろん、全額集金が一番重要ですから余計な事は一言もしゃべりません。

皆様は「親が亡くなった時、お葬式前にまずATMに行き、親の口座からあるだけの現金を引き出して、しばらくしてから故人の死去を銀行に連絡すれば問題は無い」と思っている人は多いのではないでしょうか? 


銀行窓口で親の死去を伝えると「故人の口座が凍結されて現金が引き出せなくなる」との内容は常識になりつつあります。皆様は「窓口で申告してからは引き出せないが、死去後でも銀行側に伝えなければATMで引き出しても大丈夫」と思っています。ところが、この行為は、実は相続税の申告漏れになる犯罪行為になりかねないのです。


相続の手続きは故人の死去と同時に発生します。死亡診断書に記入してある死亡日時が相続の開始日なのです。法律上の観点からは亡くなった場合はスグに銀行に連絡します。口座が凍結されると公共料金やクレジットカードの引き落としが停止されます。当然現金も引き出せなくなります。もし銀行の連絡を怠ると他の家族からの不正な引き出しを防げず、後々相続の手続きが厄介な問題になるのです。実際に凍結前にATMで多額の葬儀費用が引き出されて他の相続人の間でトラブルが発生する事案はよく見られます。


仮に亡くなった親に莫大な借金や家族が知らない子供が判明するなどの時は相続放棄も選択肢の一つです。ところが死後の口座から葬儀費用として引き出してしまいますと債権者に「財産を不当に減らした」と見なされ相続放棄が認められないのです。


一度凍結された口座を解除するために必要な書類は、亡くなった方の戸籍謄本や相続人の印鑑証明書です。遺産分割協議書の提出も必要な窓口も多いです。さらに法務局発行の法定相続情報一覧図を作成させる場合もあります。相続人全員が分配内容に合意して金融機関が指定する書面形式に相続人全員が署名し捺印すると、やっと解除されます。その後相続人が故人の口座の解約や名義変更手続きを行います。


亡くなった親の預金を葬儀費用に充てたい場合は、亡くなった事を金融機関が把握した後であっても「仮払い制度」という内容で下ろせる仕組みがあります。この仮払い制度とは遺産分割前でも相続人からの請求で一定金額を上限とし、銀行から仮払いを受けることを可能とする2018年(平成30年)に改正された相続法の新制度です。死亡時の預貯金残高×法定相続分×3分の1もしくは150万円のいずれか低い金額までであれば、家庭裁判所の許可を得ずに相続人が故人名義の預貯金を引き出せます。


遺産分割の合意を得られない状態での勝手な引き出しは、家族内の不和や法廷闘争に発展する可能性もあります。故人の貯金を葬儀費用に充当すると決めている場合は、必ず「生前」にある程度の現金を下ろしておく準備をお勧めします。

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