おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

住職が教えてくれた故人

仏式でお葬式を挙げると、お寺のご住職が御経を唱えてお勤めをされる場面は、結構な回数になることに気がつきます。亡くなって直ぐに、安置された枕元で挙げる「枕経」、お通夜の式場で行なう「通夜経」、葬儀式で読み上げる「阿弥陀経」「無量寿経」「正信偈」「法華経」などの宗派で異なる御経、火葬炉前で読み上げる「火葬勤行」、そして、締めくくりが初七日法要の場で行なう「般若心経」などです。


お葬式も滞りなく進行し火葬場から故人のご遺骨が戻ってくると、数あるお葬式のイベントの締めくくりである初七日法要が行われます。本来は亡くなってから七日目に行う法要です。近年ではあらためて親戚一同が集まる手間を省くために、お葬式の日と同日に行われるようになりました。


初七日の開式です。いつものように、音吐朗々と読み上げ始めた御経が3分ほどでピタリと止まりました。このご住職は結構、宗教作法に厳しい方です。先日のお葬式の時に参列者のスマホが突然鳴ってしまいました。御経を唱えていたご住職はお唱えを直ぐに止めて「故人を送る大事な時間です、邪魔した方は仏様にお許しを得てください」と諭しました。


今回も「何か粗相があったのか」と皆が緊張しました。ご住職から「御経も大事ですが、それよりもっと皆様に伝えたいお話をします」喪主様を始めご家族親戚一同が「何事が始まるのか」と興味津々で聞き入ります。


「亡くなったお婆ちゃんと私は、小学校、中学校と同級生でした。家も近くでしたので一緒に遊び、連れだって登校していました。お互い思うところもあり、私の初恋相手でもあったのです。このままなら将来もと考えた事もありました。その後、別々の学校へ進学をして、お互いそれぞれの人生に踏み出しました。今回のお葬式と言う場でしたが、喪主様を始めとするお子様方とそのお孫さん方とお話をさせていただくことで、故人がどれほど幸せな人生をおくられて、天命を全うされたかを理解しました。幸せな人生は自分だけではかなえられません。お子様方、お孫様方、他皆様が、亡くなった故人との関係を大事にして、仲良く暮らし、絆を大切にされたことで、生まれるのです。いわば、皆様のお力で、故人は素晴らしい人生を全うされたのです。初恋相手が幸せな一生を送られたことに、心から嬉しく思います」


「もう一つ、皆様にお伝えしたいことがあります。彼女は毎日、私のお寺の境内をお掃除に来てくれました。参道を掃き清め、境内に上がる階段を丁寧に拭き掃除をして磨いてくれました。皆さんには『散歩の出かける』と伝えていたようですが、実際は境内のお掃除と言うボランティアを日々欠かさず行ってくれていたのです。皆様のお婆ちゃんは皆に感謝された素晴らしい人でしたと覚えておいてください」


ご住職からのお話しは、お婆ちゃんがどれほど地域の人々に愛されていたなどが、自身の思い出を交えて伝えられました。最期にご住職から「皆さんの声を届けましょう」と「南無阿弥陀仏」を全員で合掌して心を込めたお別れの時間が過ぎました。


喪主様から差し出されたお布施に、ご住職は「彼女からは充分に頂いております」と答え、一切受け取りませんでした。頂いた戒名は院号が付いた立派なお名前でした。

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