友引人形はひな壇の従者
本日は雛祭りです。この日が近づくと思い出す仏様がおります。お婆ちゃんは老人会の人気者でした。お葬式はほとんどの皆様が避ける「友引の日」に行われました。喪主様の仕事関係と親戚が揃う日程がその日にしか無く、やむなく友引になってしまったのです。友引は葬儀を行うのが嫌われます。理由は友人達を冥途に連れていくとの迷信からです。出来るなら変更したかったのですが日程が合いませんでした。老人会のお仲間が慣習を気にされると申し訳ないと喪主様も気を使われています。
「友引人形を入れてあげましょう」と提案し喪主様も由来をご存じでしたので、納棺時に用意しました。友引人形は「こけし」の形をしています。
「葬儀屋さん、それ、なあに」お孫さんが尋ねます。「お人形です。お婆ちゃんが一人で寂しくないように一緒に入れてあげます」幼稚園児が口をはさみました。「それ、お人形じゃない、手も足もない、顔も変、お婆ちゃんにお人形を持たせるなら、わたしのバービーちゃんを持ってくるから入れてね」たしかに、こけしを友人の代役に見立てるには少々無理があり「ごもっとも」なご意見です。しかしバービー人形は高価だからという大人の理由で却下されました。
「こけしの代わりに、ちゃんとした服を着ている人形を入れてあげたい」「あれ、入れたらどうかな」喪主様が提案したのが雛段飾りのお人形たちです。「母の形見に貰っても飾る場所が無いし、ゴミに出すのは忍びない。この際、友引人形としてお婆ちゃんに持って行ってもらおう」
押し入れから次々と出てきたのは、たくさんの木箱です。笏を持った男雛と十二単の女雛を始めとした、それぞれの役目のお人形達です。最初の箱は「モッタイナイから親王飾りだけは取っておこう」と大人の事情で押し入れに戻されました。
胸の位置に三人官女を並べます。官女はお酒を注ぐ道具を持っているのが特徴です。三人は顔付きも異なります。一人だけ眉がなくお歯黒なのは既婚者だからです。
お腹の位置は五人囃子を並べます。向かって右側から扇子、横笛、鼓(つづみ)、鼓、太鼓が持ち物です。中央の鼓は肩に乗せています。 左から二番目の鼓は正面で持ちます。太鼓は台に載せ奏者はバチを持たせます。今にも雅楽が聞こえてきそうです。
その下に随身です。警護の武官の呼び方ですが、現在では右大臣・左大臣と俗称で呼んでいます。左大臣の方が格上なので老人の姿をしており右大臣は若者の姿です。
最後は仕丁の三人を並べました。三人上戸(さんにんじょうご)とも呼ばれます。怒り上戸、泣き上戸、笑い上戸の3人です。御所の雑用を司る者です。合計13人の雛段飾りの従者が、お婆ちゃんの周りを囲みました。
友引の日のお葬式に弔問に訪れた老人会のご友人方がお棺の中を覗き込みました。「こんなに大勢のお友達を連れての旅立ちだったら、友引だからと言っても私たちを一緒に連れていく余裕は当分無いわね」
沢山のお供に囲まれたお婆ちゃんは、極楽の暮らしを存分に楽しんでいるでしょう。