おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

十円を棺に入れて下さい

納棺式をすすめています。ご主人を亡くされたお婆ちゃんが憔悴した様子で棺桶の傍に座っています。安置されているお布団の横に並べられた副葬品を順番に納めながら「他に何か入れてあげたいお品はありますか?」と尋ねます。お婆ちゃんから、握っていた掌を開いて「これを持たせてください」と差し出された品がありました。硬貨の10円玉です。一瞬困ったなと思います。金属は火葬時に燃え残り遺骨を汚してしまう恐れがあります。そして紙幣や硬貨を燃やすことは「貨幣損傷等取締法違反」として刑事罰が規定されています。つまり犯罪なのです。


お婆ちゃんに尋ねます。「三途の川の渡し賃ならば紙に印刷した六文銭を入れてあります。ですから使用できるお金を持たせなくても旅立ちの支度は整っています。しかし、お婆ちゃんが焼け残った10円玉を「御守り」として持ち帰りたいのなら、目をつむりますので、仏様に持って行ってもらいましょう」お婆ちゃんの答えは「お守りで持ち帰ります」


火葬場の職員さんも10円硬貨の燃え残りは許してくれます。決まりだからと杓子定規に規定を守らせるとご遺族の感情を逆撫でしてしまいます。火葬炉にダメージを与えない範囲で許可をしてくれるのです。五円や五十円を入れるご遺族もいますが、アルミが原材料に含まれていると溶けてなくなります。もちろん一円は簡単に溶けて無くなります。なぜか、銅で出来た10円だけは燃え残る率が高いのです。


愛する人が火葬炉で焼かれて後に残ったものを持ち歩きたいと言う望みは昔からありました。焼却後に残るものは、お骨以外ですと棺に使われている釘しかありません。釘以外の燃え残る貴重な品として硬貨を入れることが風習になりました。


皆様の中には子供時代に試合や試験の時、お婆ちゃんから「持って行きなさい」と言われ、中身が何かは解からないお守り袋を渡された経験はありませんか?試験前に汗をかいた掌でしっかり握りしめていた袋の中身が、火葬後の硬貨であったかもしれません。昔から、仏様の魂が籠った品として棺桶に硬貨を入れて燃え残りを「お守り」として回収する光景は各地で見られたのです。地域によっては「三途の川の渡し賃という事で骨壷に入れる」「街角に建てられた六地蔵に供える」「お盆の時の墓参りにあの世からの運賃として供える」等の風習もあるようです。


なるべく綺麗に燃え残るように願いながら、ご遺体のお腹に部分に10円玉を置きました。お腹の部分なら収骨時に焼骨に隠れて見つけられなくなることも防げます。火葬場の待合室で数時間待ち、火葬炉の扉が再び開きました。ゆっくりと白骨が出てきます。火葬場の職員さんが大事なお骨と言われる「喉仏」を探している間に、私はお腹の部分を注視して燃え残った硬貨を探しました。溶けて変形している赤銅色の塊が見つかりました。まだ熱い大事な品を骨灰の中から箸で拾い上げ、半紙に包んでお婆ちゃんに渡します。「ありがたやありがたや」と言いながら受け取ったお婆ちゃんは、手作りのお守り袋の中に押し抱きながら入れました。


焼け残った10円玉は、大事に持ち帰ったお婆ちゃんの大切なお守りになりました。現在燃え残った硬貨を「お守り」として持つ風習は、ほとんど聞かなくなりました。

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