おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

家庭内事故死のトップは

厚生労働省の2023年人口動態統計で、自宅において不慮の事故で亡くなった人の数は16050人と発表されました。 2023年に交通事故で亡くなった人は3573人、約4.5倍の人が家庭内事故で亡くなったことになります。家庭内事故死で最も多かった死因は溺死です。そして死者の9割以上が65歳以上の高齢者で占められます。全員自宅のお風呂場で死んでいるのです。


暖房をしている居間から冷たい脱衣室に移動し、服を脱ぎ冷え切った身体で熱いお湯につかるという行動をすると、急激な温度変化が原因で血圧が大きく上下します。その結果「ヒートショック」と呼ばれる心筋梗塞や脳梗塞を起こしてしまうのです。もう一つ、長風呂の湯あたりも熱中症の症状が出ます。お風呂に浸かった時にこれが起きると溺死を起こします。もし「気が遠くなりそうだ」と感じた時は必死の力でお風呂の栓を抜いてください。それだけで、溺死が防げて助かった例もあります。


警察から「検死が終わったので引き取りに来てくれ」と連絡が入りました。お風呂の溺死は悲惨です。昔のお風呂でしたら、入浴中でも湯船のお湯はだんだん冷えて冷たくなりますが、現代の浴槽についている保温機能は、いつまでも追い炊きを続けます。その結果は、鍋の中で長時間煮込まれたシチュー肉になってしまうのです。お迎えに行ったご遺体も、黒いビニールの納体袋の中に全裸ですっぽり入っていました。当然対面が出来る状態ではありません。棺桶の中にビニール袋のまま寝かせましたがこのままではどう見ても不気味で可哀想です。


喪主様がすがるような顔つきで言ってきました。
「もうすぐ子供たちが学校から帰って来る。黒い袋をお婆ちゃんだと言って見せたくない。葬儀屋さん、頼むから、助けてくれ」
「お顔のお写真を預かります。ご自宅から、お婆ちゃんの一番素敵な外出着を持ってきてください」
遺影の原板は可愛いおばあちゃんでした。写真を実物大に引き伸ばし、顔の位置に張り付けました。写真修正アプリで目はつむらせました。花柄のスーツと可愛い帽子やスカーフなどのお気に入りの衣類を、ビニール袋のそれぞれの位置に張り付けました。お顔の周りを飾りつけた綿花で隠し、ベッドに置いていた「ぬいぐるみ」をお身体の周りに置きます。棺桶の蓋からの窓越しなら、なんとか見られるようになりました。


祭壇の前に安置された、お棺の窓からお孫さんたちがのぞき込みます。
「おばあちゃん、オシャレして箱のベッドで、眠っているよ。」「どこかに、お出かけかな」「遠いところに、行ってしまうのかな」
棺の周りに座ったお孫さん達が、画用紙にお別れの絵と手紙を書き始めました。


突然のショックな出来事と悲しみの中ですが、周りの大人たちからは安堵の表情が見て取れました。お風呂での溺死というひどい状態のご遺体を、子供たちの記憶に残るようにはさせたくないという大人たちの必死の願いでした。

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