おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

人生は長さで決まらない

誰もが納得をするご高齢で、死因が老衰で眠るように亡くなるお葬式があります。送るご家族の雰囲気は悲しみの中「ここまでお世話が出来た」の満足感が漂います。その反面、お子様が亡くなるとか、故人がとても若くて、亡くなるとは思いもつかない年齢での旅立ちは、喪家様の悲しみと嘆きも大きくなります。寿命の短い旅立ちは、傍らでお手伝いする葬儀屋も見守るのが辛くなるほどの慟哭の場です。


今回の仏様も30歳の若いお嬢様でした。見つかりにくい乳がんから内臓不全に陥り、アッと言う間の旅立ちでした。お葬式の打ち合わせを始めました。すぐに、最愛の娘との突然の別れに心が折れた悲しみのご両親の気持ちが伝わりました。


「明日の火葬炉の予約が取れますが、もう一日お側で過ごされませんか。明後日の火葬の予約に延ばしますので、お嬢様とのお別れの時間を充分に取ってください」


法律で死亡時間から24時間過ぎないと火葬は出来ません。近年、打合せの時に「出来るだけ早く焼いてくれ」との声を聴くこともあります。弊社ではご自宅に安置出来た場合は「仮通夜」として病院から帰った晩はご家族でご遺体を囲んで過ごされることを勧めます。翌日、葬儀会館でのお通夜、次の日を告別式から火葬との流れです。今回は、ご自宅での滞在を約二日間過ごしてもらうように取り計らいました。


枕経に来られたお寺様がご家族の前で静かに話し始めました。故人が、若い年齢で旅立ったことはご存じの上です。


「早くして亡くなった人を可哀想と思う方がおられるかもしれないが、それは間違いです。人の一生の幸せは決して寿命の長さだけで決まる事ではありません。仏教学者の金子大栄師は「人生の幸せは長生きだけではない」と言いました。長生きも大切ですが、人生の「幅」と「深み」を持って生きた寿命が尊いのだと示しています。


人生の幅とは育った過程で親からの愛情や周りからの愛で作り上げられています。幅の意味は日本画の余白から来ています。日本画の掛け軸は余白の広い絵が多いです。塗り潰していない白い所で中心に描かれている花が引き立ちます。生きた時間で充分に人生の幅を広げることの出来た故人は幸せな時間を送られたと思います。


もう一つ深みも大事です。故人は魅力的な大人になりました。自分の好きな趣味と仕事を見つけました。興味や関心のある事について、足元を深く掘り下げることが出来たのです。好きな知識を充分に深く知る事の出来た故人には魅力を感じます。


もう一つ深みには、自分の命を深く受け止めると言う意味もあります。命は遠い祖先から受け継いでいるかけがえのないものです。お嬢様は、過去から引き継いだ命を頂いた運命の中で、するべき事をすべて行いました。そしてその人生に納得して最期を迎えたのです。ご両親より沢山の愛情を注がれ、自分で育んだ「幅」と「深み」で輝き続けた30年間でした。故人は幸せな人生を送られたのです」


お別れの時にご両親から言葉を頂きました。
「お坊様の言葉に救われました。娘と過ごす時間を充分に作ってくれてありがとうございました」

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